杉本昌隆の振り飛車ナビゲーション

定跡書ではないので注意
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評価:B
対象者:10級〜5級
発売日:2009年1月

本書は「相振り革命」でお馴染みの杉本昌隆七段が講師、弟子の室田伊緒女流初段がアシスタントを務めた「NHK将棋講座(2008年4〜9月放送)」を加筆・修正して単行本化したものです。

僕は島九段が前竜王だったころから番組を見てますが、歴代講師陣のなかでも一番固まっていたのが杉本七段でした(笑)。この番組は冒頭のアシスタントとの会話を含めて全編リハーサルをやってから本番を撮る(←なんだかエロい響きだ)そうですが、やっぱりテレビって緊張するんですね〜。加藤九段のときはリハーサルでもあの調子で目一杯トークしたのが受けて、リハの映像がそのまま放送されることもあったそうですが(本人談)…

テーマとなっているのは、基本的な駒組みから相手玉の寄せ方まで、振り飛車の戦いにおける序・中・終盤のエッセンスです。定跡書ではなく、「攻められた筋に飛車を回る」「大駒のさばき方」「居飛車穴熊への端攻め」など振り飛車を指す上で必須のポイントを習得するのが狙いです。

全222ページの4章構成で、見開きに盤面図が3枚配置されています。また各章の間には杉本七段のエッセイが掲載されています。目次は次のとおりです。

第1章 振り飛車の基本とコツ
まず、駒組みを覚えよう / 左銀を使おう / 攻められた筋に飛車を振ろう / さばきを覚えよう / ためてからさばこう

第2章 振り飛車の応用
持久戦に対応しよう / 左美濃対策を考える / 居飛車穴熊破りの石田流 / 居飛車穴熊破りの持久戦

第3章 振り飛車の終盤
囲いの弱点をみつけよう / 囲いの崩し方を覚えよう / 詰みの形を覚えよう / 攻防のテクニックで勝とう

第4章 新しい相振り飛車
相振り飛車を覚えよう / 十字飛車で勝とう / 相振り・対後手三間飛車

対急戦の常套手段▲9八香は是非覚えておきたい

第1章 振り飛車の基本とコツ 「ためてからさばこう」より:図は△9八馬まで
対棒銀の一変化から捌きあって、後手が9八にあったと香車を馬で取ったところです。ここでのポイントは定跡がどうのこうのではなく、捌きあう前に先手が▲9八香と「一手貯めた」という点です。

振り飛車の9九の香車は、相手玉から遠いところにあるため、攻めに使うのは難しい駒ですよね。そこで相手に簡単に取らせないようにする、取られた場合でも取った相手の駒(上図だと9八の馬)が働かないようにすることで、十分に役割を果たすことができるということを理解するのが重要です。

つまり、この局面だと▲9八香と一手貯めなかった場合、△9九角成とダイレクトに駒を取られることになります。▲9八香と上がっていれば、後手は香車を取るために△9八馬の一手が必要になるだけでなく、馬筋がずれるため、この馬を十分に働かせるにはさらにもう一手必要となります。

対急戦では頻出の▲9八香ですが、「ここではこう指すらしい」と単に覚えるだけでなく、上記のように手の意味を理解できれば、局面によって臨機応変に▲9七香(龍で取られる場合は三段目の方がいい)など一手貯める手が自然に指せるようになるでしょう。

イビアナには端歩攻めが基本です。

第3章 振り飛車の終盤 「囲いの崩し方を覚えよう」より
対居飛車穴熊の終盤をイメージした仮想図です。一段龍があるものの、まだ手付かずの穴熊囲い。さて、どこから手をつけるのがよいでしょうか?

ここでは▲1四歩△同歩▲1三歩△同香▲2五桂打からの端攻めが最有力です。途中、▲1三歩に△同桂は玉の横っ腹が開いてしまうので、▲3ニ角(龍が利いているので取れない)があります。次に何が何でも▲3一龍から金を取って、▲2一金で詰んでしまいます。

また、最終手の▲2五桂打は手厚い一着です。通常は3七の桂馬を跳ねる形で▲2五桂が一般的ですが、将来、渡した桂馬を△2五桂と打たれて逆襲される筋に気をつける必要があります。それを未然に防ぐのが、▲2五桂「打」なのです。

この後は、▲1三桂成△同香に▲1八香「打」と手厚く攻めて行きます。単に▲1四香とすると、△1六桂と王手される筋がありますので、この辺も要注意。とにかく▲1四歩から香車を吊り上げて→▲2五桂で端を攻めるのは対イビアナの基本中の基本です。是非ともマスターしておきましょう。

なお、最終章以外は全て四間飛車での局面がピックアップされています。本書で解説されている「さばき方」や「手の貯め方」、「寄せ・受け方」は四間・三間・中飛車を問わず、全ての振り飛車に共通する普遍的なものですが、この点は一応頭に入れておいたほうがよいと思います。

読者の棋力を考慮して、全駒配置のややこしい「実戦図」ではなく、ポイントとなる駒だけを配置した「部分図」が多用されています。また、通常の棋書は見開きの盤面図は4枚配置されていますが、本書は3枚となっています。その分、ゆったりと解説のスペースが用意されているため、全編を通じて読みやすいです。

簡単な定跡書やネット将棋の対局などを通じて、振り飛車の「形(=知識)」はなんとなく頭に入っているが、「上級者の対局でよく見る対急戦の▲9八香ってどういう意味?」「さばき(大駒を成り込む、盤面左半分の飛車角銀桂香を相手の駒と交換して駒台に乗せる)が大事って聞くけど、具体的にどうするかよくわからない…」など理解面で不安のある方や、美濃囲いの永遠のライバルである「船囲い」・「左美濃」・「居飛車穴熊」の急所をとらえ切れずに、終盤で逆転されてしまう方にオススメ。

ただし、これから振り飛車を始めようとする場合、この一冊からスタートするのはちょっと遠回りになります。あくまでも振り飛車を指す上での重要なエッセンスをポイントを絞って解説しているので、本書だけだと「一本の線」になりません。簡単な定跡書などを読んでおいて、その理解を助ける目的として本書を利用するのが一番いいと思います。

また、囲い崩しの分野の本としては、同じ棋力の方を対象とした「佐藤康光の寄せの急所囲いの急所」が絶版されていない棋書としては「鉄板」の一冊となっていますので、そちらで足りない部分を補ってやるといいでしょう。

振り飛車をテーマとした「NHK将棋講座」の単行本には「鈴木大介の振り飛車自由自在」と「久保利明のさばきの極意」があります。構成にやや難があり読みにくい点もありますが、なかなかの内容ですので上級者の方は参考にしてみてください。