先崎学のすぐわかる現代将棋 (NHK将棋シリーズ)

巻末には羽海野チカさんとの対談を収録
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評価:B
対象者:8級〜初段
発売日:2010年7月

将棋はもちろん、その豊かな文才と軽妙なトークで人気の先崎八段を講師に、そして片上六段の奥さん&「どうぶつしょうぎ」でお馴染みの北尾まどか女流をアシスタントに迎えた「NHK 将棋講座(2009年10月〜2010年3月)」の内容を再構成して単行本化したものです。テーマは「すぐわかる現代将棋」。

"現代将棋"の特徴をいくつか挙げるなら、@飛車先不突矢倉から生まれた「後回しにできる手は後回しにする」という考え方が、あらゆる戦法に波及した、A「角道オープン型振り飛車」の登場により、戦法のバリエーションがグッと増えた、B「隙あらば穴熊」を狙う玉の堅さを重視した駒組みが顕著となった、C寄せと受けのパターン化が進み、「終盤は誰が指しても同じ by 羽生善治」となった…などが思い浮かびますが、なかでもエポックメイキングだったのが、Aのゴキゲン中飛車に代表される「角道オープン型振り飛車」の台頭です。

従来の角道を止めるオーソドックスな振り飛車は、居飛車の攻めに乗じて左辺の駒を捌き、美濃囲いの堅さを頼りにカウンターを狙うという、基本的には受け身の作戦でした。しかし、居飛車穴熊やミレニアムといった、玉の絶対的な堅さを武器にハードパンチを繰り出す戦法が猛威を振るったため、一部のスペシャリストを除き、振り飛車党の多くは「飛車の振る場所がない」という苦境に立たされたのでした。

そこで登場したのが、「角道を開けたまま、序盤から積極的に攻めてリードを奪う」という角道オープン型の振り飛車です。従来の受けから攻めへと方針を180度転換したことにより、序盤での主導権がグッと握りやすくなりました。そして、一時は激減していた振り飛車党は一気に息を吹き返したのです。

本書では、一大ムーブメントとなったこの「角道オープン型の振り飛車(ゴキゲン中飛車・石田流・角交換振り飛車)」の基本的な考え方と序盤での駒組みを、中級レベルの方を対象にわかりやすく解説していきます。

テレビで放送された講座では「一手損角換わり」なども採りあげられていましたが、全部の内容を一冊にまとめると、以前の単行本のように非常にゴチャゴチャした構成になることを危惧したのか、この数年は講座内容の7〜8割だけをピックアップするのが方針となっているようです。

全222ページの3章構成+コラムが3本となっており、見開きに最大で4枚の盤面図が配置されています。目次は以下の通りです。

第1章 進化するゴキゲン中飛車
・ゴキゲン中飛車の誕生
・5筋位取り中飛車の攻防
・居飛車党の意地▲7八金
・常識を超えた▲2二角成
・ゴキゲン中飛車vs居飛車穴熊

第2章 よみがえる石田流三間飛車
・石田流の基本と現代流▲7七銀
・石田流対策の△7二飛と棒金
・超急戦!早石田と新戦法
・△3二飛戦法、新たな可能性

第3章 なんでもあり角交換振り飛車
・角交換振り飛車の基本と狙い
・単純明快!一手損向かい飛車
・△3三角戦法と最新の対策

【巻末企画】スペシャル対談:先崎学×羽海野チカ

右金の動きを保留してスピードアップ

第1章 進化するゴキゲン中飛車より:図は▲4六銀まで
△6五銀と活用される前に勝負したい居飛車が、従来の▲5八金右を省略して▲3七銀〜4六銀と攻めの形を優先させるのが、タイトル戦でも登場した最新の形です。

飛車交換に強いのが振り飛車側の強み

第3章 なんでもあり角交換振り飛車より:図は△2ニ飛まで
▲2四歩△同歩▲同飛の飛車先交換に△8八角成▲同銀△2ニ飛とぶつけたところです。飛車交換は陣形的に振り飛車が有利となりますので、▲2三歩ですが△1ニ飛とされて、次に△3ニ金〜△2ニ歩からの盛り上がりを狙われてしまいます。

途中、△1ニ飛に対しては▲2ニ角が成立するように見えますが、以下△3ニ金▲3一角成△同金▲2ニ銀に△4四角が好手で、▲3一銀成と金を取っても、△3三角打で先手しびれます。

解説の明快さは、これまで出版された「NHK将棋シリーズ」の単行本のなかでは、「渡辺明の居飛車対振り飛車」と双璧でしょう。

各戦法とも序盤から中盤の入り口までの解説となっているものの、ベースはいずれもプロの実戦で登場した本格的なものばかり。中級者を対象にこのタイプの本を出す場合、@分かりやすさを重視して、ココセが登場する、もしくはA手順の解説だけに終始してしまい、読みやすさに欠ける、ということが少なからずあるのですが、本書はココセを登場させない本格的な解説書でありながら、誰でもスラスラ読めるという稀有な一冊です。

本筋だけにポイントを絞り、スペース的に余裕を持たせた構成のおかげもあるでしょうが、なんと言っても大きいのが、ライターさん(おそらく北尾まどか女流)の文章が読みやすいということ。各戦法が生まれた(あるいは見直された)背景から始まり、「〜が先手の狙い」「〜で駒が働いていないのでこれは失敗」「〜がメリットで、〜がデメリット」など、ポイントをリズム良くサクサクと解説。

純粋な定跡書として見た場合、ボリューム感がやや不足しており、これ一冊で各戦法を指しこなすことは難しいと思います。したがって、石田流における「鈴木新手」や「久保流▲7五飛」、ゴキゲン中飛車における相穴熊などの特定の最新形を勉強したり、通常の対抗形よりも「罠」が多い(=双方が角を持ち駒にしやすいため)戦型なので、その予習がてらに読むのが正解ではないでしょうか。

あるいは、新聞連載の将棋欄やテレビ棋戦を鑑賞する際のガイドブックとして活用してみたり…と。勝又六段の名著「最新戦法の話」のハードルがやや高いと思われた方にもオススメです。

なお、先崎八段と「ハチミツとクローバー」や「3月のライオン」などの代表作で知られる漫画家の羽海野チカさんの対談は、「藤井九段に写真を取らせてもらったときは、いろんなポーズをとってくださって、うれしかったです。椅子に座って、決めポーズも取ってくれて、かっこよかった。」や「打ち上げの席で藤井九段が、隣に座っている女性に向かって、ずーっとダジャレを言い続けていて…」など、藤井ファンにとっては格好の燃料が投下されています(笑)