渡辺明の居飛車対振り飛車 Vol.1

対ゴキゲン中飛車の章が詳しい
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評価:A
対象者:8級〜三段
発売日:2008年2月

渡辺竜王が、その歯切れよい語り口で「居飛車対振り飛車」の対抗形を解説して好評だった「NHK将棋講座(2007年4月〜9月)」のテキストを単行本として2冊にまとめて出版したものです。

第1巻では対中飛車(ゴキゲン中飛車も含む)・三間飛車・向かい飛車における急戦・持久戦の攻防を解説しています。渡辺竜王の兄弟子(元奨励会員)で、将棋ライターとして活躍されている後藤元気さんが執筆協力しているためか、各戦法に関連した大山・升田時代の話も登場して、講座にちょっとした厚みを加えています。

全215ページの3部構成で、見開きに盤面図が3枚配置されています。

第1部 中飛車
急戦はなぜダメか / 居飛車穴熊の猛威 / ゴキゲン中飛車、居飛車穴熊を撃退
丸山ワクチンの攻防 / ▲4七銀の新対策 / ゴキゲン中飛車の実戦
第2部 三間飛車
急戦は難解 / 切り札は居飛車穴熊 升田式石田流の復活
第3部 向かい飛車
向かい飛車の怖さ/ 向かい飛車の実戦

丸山ワクチンでの戦い

第1部 中飛車 丸山ワクチンの攻防より:図は▲4八銀まで
居飛車から▲2二角成と角交換をした直後に▲9六歩と突くのがいわゆる「佐藤新手」です。この端歩が入っていないと上図から△5五歩▲6五角△4二金▲8三角成△8八角と打たれて居飛車困ります。

▲9六歩が突いてあると、この手順の最後に▲9七香と逃げることができます。以下、互いに馬が作れますが先手だけ▲8三角成と一歩得することができるので居飛車よしとなるわけです。

定跡における代表的な仕掛けを失敗例を交えつつ解説。細かい枝葉にあまり触れずに、本筋と手の方向性を重視したそのスタイルは「羽生の頭脳」シリーズと非常によく似ていています。

渡辺竜王の解説は、ただ手順を追うことよりも、形勢判断に関する考え方が随所に登場する点が参考になります。一見互角に見える盤面図でも『居飛車は次に▲3五歩から桂頭を攻める手があり、部分的には向けが難しい形。一方、振り飛車側は攻めの形を作るのに苦労しそうです。総合すると8図は駒の損得と玉形は五角。しかし攻撃形は居飛車に分がある。つまり居飛車させる局面ということになります。』といった具合で、ポイントをスラスラ読める文体でわかりやすくまとめてある点が秀逸です。

ネット上でもこの辺のわかりやすさは評価が高いようで、「とにかく読みやすい」という感想をよく見かけます。

また、渡辺節も随所に登場し、中飛車の章では『▲4六金戦法の狙いは…正直言って狙いはあまりないんです。相手にしっかり備えられると突破は難しいですし、金が玉から離れていくデメリットを補うだけの効果は見込めません。(中略)はっきりいって、この時代に最初から6図を目指す棋士はいないでしょう』と実に明快です。

3部構成の中では、プロ・アマを問わずに大流行しているゴキゲン中飛車に最も多くのページ(83ページ)が割かれて解説されています。

一般的に、戦法の基本的な攻防を解説している本は最新型を掲載していないのですが、本書は違います。ゴキゲン中飛車の章では、丸山ワクチンの序盤で▲9六歩と突く「佐藤流」、それに対抗して登場した△7二金の「遠山流」が、また三間飛車の章では居飛車穴熊側が金銀の動きを後回しにして、▲6八角と引いて「コーヤン流」を牽制する指し方、さらに升田式石田流の章では序盤の△6五角に▲5六角と合わせた「鈴木新手」などの最新型が多く登場しており、将棋ファンのニーズにしっかり応えた形となっています。

また、対ゴキゲン中飛車と向かい飛車の章末では、実戦編としてそれぞれ対谷川九段・佐藤(康)二冠、南九段・長沼七段の計4局を自戦記形式でプロの技を勉強していきます。最近の本は、後半全部が自戦記となっていて、講座部分が物足りないものも少なくありませんが、本書ではそのようなこともありません。ただ、対三間飛車の自戦記だけがないのがちょっと不思議です。

本書は、対振り飛車における戦法体系的に勉強したい中級者〜の方にピッタリだと思います。1ページで進行する手数がやや多いので、初心者の方はしんどいかも…

定跡をもとに講座が進められていますので、居飛車・振り飛車のどちらかに偏った解説はありませんが、全ページが居飛車が先手(盤面図で下側)です。
振り飛車視点で解説した「NHK将棋講座」の本には「鈴木大介の振り飛車自由自在」と「久保利明のさばきの極意」がありますので、振り飛車党の方はそちらを参考にしてみてください。

本書の続編となる「渡辺明の居飛車対振り飛車 Vol.2」では対四間飛車における急戦・持久戦の攻防を見ていきます。