イメージと読みの将棋観

羽生、谷川、佐藤、森内、渡辺、藤井の夢の競演
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評価:A
対象者:将棋ファン全般(5級以上あれば全編楽しめます)
発売日:2008年10月

専門誌「将棋世界」において、羽生、谷川、佐藤、森内、渡辺、藤井のトップ棋士6人が「タイトル戦の局面」や「封じ手における駆け引き」など共通のテーマに対して、その読み筋と考え方を惜しみなく披露して好評を得た同名企画の連載からテーマを厳選して一冊にまとめたものです。

本書を手にする方は「将棋世界」を読んでいる(と思われる)ことを念頭においてか、連載時にはなかった新テーマ、そして巻末には谷川九段×羽生名人の対談が20ページにわたって掲載されています。

構成は256ページの全3章で、それぞれ序盤編、中盤編、終盤編の計35題から成っており、テーマ図からの読み筋を盤面図を挿入して解説していきます。また、幕間では「理想的な時間の使い方」、「勝負手」、「封じ手」などの将棋観を問うテーマを掘り下げていきます。

盤面図が必要なテーマでは、まず大きな盤面図とその下に簡単な局面の解説があり、ページをめくると見開きで1〜6枚の盤面図を交え、6人の読み筋と考え方が披露されています。そして、最後にもう一度6人の考えを簡単に整理してまとめる形となっています。

題材となっている将棋は、対居飛車穴熊の櫛田流や2手目△3二飛戦法などの近年の研究テーマから、中原×米長、大山×升田の昭和の名ライバルによるねじりあいの将棋、そして江戸時代の伊藤宗看の将棋(下の盤面図の2枚目を参照)まで、非常にバラティに富んだセレクションとなっています。

この企画は6人が一堂に集まるのではなく、個別に取材しているのですが、前書きによると羽生名人は超多忙なスケジュールにもかかわらず、毎回3時間近くも考えたとのこと。まさにトッププロの鑑!

この棒銀定跡に対して藤井九段が疑問を
テーマ6 棒銀定跡の真相に迫る より 図は▲3六銀まで

△4四角▲6六銀△5六銀▲3六銀などが考えられますが、後手がやや悪く「先手勝率のイメージ50〜55%(←本書の特徴的なフレーズ)」が皆さんの共通意見。渡辺竜王は「▲2一馬△4ニ飛の交換を入れず、単に▲3六銀ならさらに良し。この局面は先手が勝てないとおかしい」とも。唯一の振り飛車党の藤井九段も「(後手は)馬を作られたうえに、飛車の頭に金がいる。この構えが棒銀に対する最善の受けとは到底思えない」と疑問を呈しています。

江戸時代の将棋です
1725年の御城将棋 ▲伊藤宗看−△大橋宗民より 図は△6七銀まで

「盤面の左側に手がいきそう」(羽生名人)、「猛烈に難しい」(森内九段)超難解な局面。6人の候補手は省略しますが、伊藤宗看の▲3五桂が羽生名人をして「先手は谷川さんですか?」と言わしめた光速の寄せ。これに対して1.△7七歩成▲同金△同角成▲同桂、あるいは2.△7七歩成▲同金△8六飛▲8七歩△7七角成▲同桂では先手に詰みがないうえ、駒が先手に渡ったために▲4三桂不成△同金▲3二銀△同玉▲3三銀から後手玉に詰みが生じます。

同じような企画本には「島朗:読みの技法」をはじめ、「戦いの絶対感覚(シリーズ全4巻)」がありますが、これらの本はトッププロの読み筋や考え方を素材そのまま(=難易度もそのまま)読み手に伝えているのに対し、本書は、近年の研究テーマとなっている局面では、候補手の枝葉にわたる複雑なやり取りを少なくして、「去年僕が指したときは〜だった。」「以前杉本七段とネット将棋で指し、自信がなかった。」などの実体験を交えて、「先手勝率のイメージ○○%」と結論を出して一つのテーマを完結させているので、明快です。特に若手の渡辺竜王がストレートに自分の意見を述べている点が、いいスパイスとなっています。

トッププロでもその局面に対するアプローチはそれぞれで、右四間飛車で居飛車が▲2五桂と跳ねて仕掛ける形も、羽生名人は「結構有力もいい勝負」、森内九段は「仕掛けは成立する」に対して、佐藤九段は「自分のイメージとして▲2五桂の攻めが成立するとは全く思えない。限りなくゼロに近い」と、この辺の比較も本書の売りの一つです。

また、テーマ図を前に「う〜ん、わからん」など頭を抱えているシーンや、対局者の名前を最後に明かすようになっているので、対局者がわからない渡辺竜王が「先手の人(実は升田九段)、弱いですね」、森内九段が「こんな受けをするのは大山先生だけじゃないですか? やっぱり。さすがですね。」といった部分まで掲載されているなどエンターテイメント色が強く出ているので、読み物としても手軽に読めます。

幕間の「読み」という誰もが関心のあるテーマでは、佐藤九段が1時間で数千手を読んでいる話や、封じ手の夜にもホテルの部屋で相当考えていることを披露するなど、トッププロの貴重な一面を知ることができます。「1秒に1億と3手?そんなには読めません」と素で応じているところも面白い。

最後の谷川九段と羽生名人の対談ですが、もしこの企画が羽生名人と佐藤九段、あるいは羽生名人と森内九段だったら実現したでしょうか? 僕の勝手な想像ですが、近年、タイトル戦で凌ぎを削っている状態で、他のテーマならともかく将棋という「勝負の世界」そのものををテーマに対談することは向こう10年はないと思います。

そういった意味で、出版前に広告でお二人の初対談が掲載されると知ったとき、期待感よりもちょっとした寂しさがありました。文章が下手なので、ニュアンスをうまく伝えられないのですが、同じように思った方もいらっしゃるのではと思います。

ただ、対談の内容は谷川九段もしくは羽生名人から話題を振って、それがキャッチボール的に続いていくというよりも、インタビュアーである観戦記者の鈴木宏彦さんが話題を振ったり、お二人の間の会話を繋げているという感じです。

長々と書いてしまいましたが、「将棋世界」の連載を読んだことのない方なら、続編となる「イメージと読みの将棋観 Vol.2」とあわせて、文句なしでオススメです。