羽生VS森内百番指し

至高の対決をたっぷり堪能できます
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評価:A
対象者:将棋ファン全般
発売日:2011年1月

現代将棋界のライバル対決を自戦記&棋譜解説、インタビューで振り返る「名勝負数え歌」シリーズ(?)の第3弾。タイトル戦における「光速流」がたっぷりと堪能できる「谷川vs羽生100番勝負」、何がきっかけでスイッチがONになったのか、突如だれも真似しない力戦系(ご本人はこの名称が好きではないとのことですが…)にモデルチェンジした佐藤(康)九段のインパクトが強烈な「羽生vs佐藤全局集」に続く本書では、小学生時代から30年間に渡って凌ぎを削ってきた羽生三冠と森内九段にスポットを当てています。

大きな勝負では常に羽生三冠がリードしていましたが、平成15年の竜王戦で森内九段が初めて羽生三冠からタイトル奪取を成し遂げてからは、翌年の王将戦、名人戦、そして平成17年の名人戦でも羽生三冠を下し、一足先に永世名人の称号を獲得し、「森内ここにあり!」を強く印象付けました。

本書の巻末に収録されている「100局超え対戦カード」を見てみると、通算成績(平成22年10月8日まで)は、羽生−森内で56勝−44勝となっています。
ちなみに羽生−佐藤は92−48とほぼダブルスコア、羽生ー谷川は98−62ですので、数字面で見ても、最も「熱い!」対戦カードの一つと言えます(100局未満では羽生−深浦、羽生−渡辺が全くの互角)。

本書の構成は、巻頭インタビューにはじまり、本編となる自戦記、棋譜解説、巻末の対局データの4本立てとなっています(全317ページ)。自戦記編は両者が自慢の1局をそれぞれ3局ずつ解説。ページ上段に見開きで盤面図を4枚配置、下段で解説を進めています。この自戦記編は文字が大きいのが特徴で、非常に読みやすくなっています。

棋譜解説編では、1局あたり2ページを用意。見開きに盤面図を5枚配置、ポイントとなる一手は棋譜の合間にA・B・C…などの記号を入れて、余白にその解説を入れるという「将棋年鑑」のスタイルを採用。この章は対局の勝者が解説を担当するというユニークな手法を取っています。ただし、解説といっても小さなスペースに1〜2行程度ですので、自戦記編のように羽生色(森内色)が出ているものではありません。

この章は「森内、フルセットの末名人防衛」といった見出しの横に、大きな白抜きの文字で「矢倉3七銀戦法」、「先手四間飛車穴熊」などの戦型が記載されていますので、棋譜並べのときに重宝します。

なお、シリーズ前巻まではハードカバーでしたが、今回は渡辺明:永世竜王への軌跡と同じくソフトカバーに模様替えとなっています。目次は以下の通りです。

羽生善治インタビュー(文・聞き手:鈴木宏彦)
森内俊之インタビュー(文・聞き手:小暮克洋)
羽生善治 自戦記(第19期新人王戦・第54期名人戦・第66期名人戦)
森内俊之 自戦記(第54期名人戦・第16期竜王戦・第62期名人戦)
棋譜解説(昭和63年の天応戦から計94局を収録)
記録集(年度別成績・採用戦法・番勝負成績表などの各種データ)

第63期名人戦第2局(▲森内 △羽生)より:図は△4五歩まで
絶妙手が飛び出した局面として、ご記憶にある方も多いことと思います。ここで森内九段が指した▲4八金が先後の寄せの速度を逆転させる妙手でした。

△3九龍は▲5七金と要の成銀を外されるので△4八同成銀の一手ですが、これにより攻めの成銀がそっぽに行ったため、後手の攻めの速度が遅れてしまいました。以下▲6六香から先手勝ち。

第16回全日プロ(▲羽生 △森内)より:図は△5六歩まで
図以下▲9ニ歩△同香▲7四歩△同金▲9三歩△同香にバッサリと▲同角成と切って△同玉に▲3四香の「田楽刺し」から、後手の玉形を乱しながら攻めを続けます。

自戦記編は盤面図、1ページあたりの進行速度、そして解説量といずれも余裕を持って構成されているので、中級クラスの方ならばどなたでも勉強になるはずです。

文章では、森内九段の方が該当局やその局面を迎えるにあたっての心理面を吐露した記述がいくつか見受けられ、「羽生さんの強さや読みの深さを心底感じる内容だった。経験したことの無いような負け方の連続に、少なからぬ衝撃を受けた…(P64)」とあるのが印象的。

戦型を見てみると、昭和から平成一桁台までは、がっぷり四つに組む相矢倉や横歩取りなどの相居飛車の将棋が殆どですが、この10年は羽生三冠の四間穴熊、森内九段のノーマル三間飛車などの振り飛車も多くなり、お二人の将棋の「幅」が広がっていることがよくわかります。

収録全100局中、21局が居飛車−振り飛車の対抗形、5局が相振り飛車ですので、イメージ以上にバラエティに富んだ戦型となっています。この辺りは振り飛車党の方にとっては嬉しい誤算ではないでしょうか。

価格はそのままで据え置きも、前巻にあったカラーページは無し、対局者以外の目から見た羽生・森内像といったインタビュー記事もカットされています。ただし、その分自戦記が2局から6局と大幅にボリュームアップしていますので、この辺りは純粋な読み物、将棋の解説のどちらを取るのかの好みの問題といえるでしょう。

個人的には島九段や勝又六段といった鋭い分析力に定評のある棋士による「羽生・森内の強さに迫る」的な企画ものが読みたかったかな、と。

巻頭に羽生・森内両氏のインタビューがあり、それに近い話もチラッと出ているのですが、そこはやはり勝負の世界。これからもタイトル戦で凌ぎを削るお二人が、ライバルについて本音で語り尽くすのは無茶な話ですし、突っ込んで質問するのも無粋でしょう。そういったことから、第三者の立場からの分析があると面白かったのではとちょっと思いました。

本書は性質上、定跡書のように出版社や著者を変えて類書を何度も出すわけにはいきません。お値段は少々張りますが、平成の棋界を代表するゴールデンカードを堪能できる永久保存版として、将棋ファンの方ならば是非ともお手元に置いておきたい一冊ではないでしょうか。