渡辺明:永世竜王への軌跡

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評価:S
対象者:将棋ファン全般
発売日:2009年7月

2004年の第17期竜王戦で絶好調の森内三冠(竜王・名人・王将)を4−3のフルセットで下して念願の初タイトルを獲得後、翌年から木村(4−0)・佐藤(4−3)・佐藤(4−2)・羽生(4−3)・森内(4−0)と最強の挑戦者を退けて、前人未到の竜王位6連覇を達成した渡辺竜王。

どちらが勝っても「永世竜王」の誕生となる2008年の対羽生戦では、将棋界初となる0−3から4連勝の大逆転防衛を成し遂げました。なかでも3−3で迎えた最終戦の激闘は雑誌「将棋世界」の人気企画「プレイバック2008」において、現役プロ棋士が選ぶ2008年度の名局No.1にも選ばれました。この年度末恒例の「プレイバック〜」には毎年、竜王戦の7番勝負が複数局ランクインしており、それだけプロをも唸らせる熱戦が繰り広げられたことがわかります。

本書はそんな熱戦のなかから渡辺竜王が41局をピックアップし、10局を自戦記形式で、31局を棋譜+注釈(将棋世界の「名局セレクション」や将棋年鑑と同じ形式)で解説している1冊です。

本の大きさはA5判(将棋世界と同サイズ)ですので、通常の棋書よりは一回り大きくなっています。全317ページの2章構成で、自戦記形式の10局は見開きに盤面図が4枚(実戦の進行用に2枚、変化手順の参考用に2枚)、棋譜+注釈形式の31局は盤面図が5枚配置されています。自戦記で紹介されている将棋は以下の通り。

  • 谷川王位・棋王戦(第17期 決勝トーナメント ○)
  • 森内竜王戦(第17期 第7局 ○)
  • 木村七段(第18期 第1局 ○)
  • 木村七段(第18期 第4局 ○)
  • 佐藤棋聖戦(第19期 第3局 ○)
  • 佐藤棋聖戦(第19期 第7局 ○)
  • 佐藤棋聖・棋王戦(第20期 第6局 ○)
  • 羽生四冠戦(第21期 第1局 ●)
  • 羽生四冠戦(第21期 第4局 ○)
  • 羽生四冠戦(第21期 第7局 ○)

第19期竜王戦七番勝負第3局 ▲佐藤棋聖 △渡辺竜王:図は▲7八同銀まで
先述の対羽生四冠を挑戦者に迎えての最終戦も見応えがありましたが、僕が個人的に永世竜王への道を開くことになったと思っているのは、佐藤棋聖を挑戦者に迎えてスコア0−2となったこの一局です。

後手玉は桂馬が入ると詰んでしまういわゆる「桂馬Z(ゼット:絶対詰まない、という言葉の略)」です。先手玉は金銀3枚で守られており、桂馬を渡さずに寄せるのは難しそうですが、58秒まで読まれて竜王が放った△7九角が渾身の一手でした。

以下▲同玉△6九金▲同銀△同と▲同玉に△6七銀が決め手でした。△6七銀を▲同金と取ると△7七桂不成▲同桂△5七桂以下先手玉は詰みです。また戻って△6九金に▲8八玉と安全地帯に逃げ込むのは△6八金▲同銀△同龍、▲6九同金は△同と、で桂馬を渡さずに詰めろが続くので後手勝ちとなります。

本サイトではこれまでにも複数の自戦記を紹介してきましたが、本書では従来の本では見られなかった新たな試みがいくつか見られます。

1.「実戦で指した手」と「盤面に現れることになかった有力な変化手順」がゴチャゴチャにならないように、解説の中では「実戦で指した手」は太字で記されています。具体的には『▲3三桂成△5二玉の早逃げが当然ながらの好手で、この手の感触が抜群。ここ△3五金を焦ると▲4七角で・・・(P45より)』といった具合です。

2.自戦記の章で掲載されている盤面図の下には、両対局者の残り時間が『▲3時間17分 △2時間16分』と表記されています。進行手順を示す棋譜の下にはその一手に考えた時間も示されていますので、合わせて読むと両対局者の形成判断・心理面をあれこれ推測できるようで(当たっているかは別として)興味深い。

3.タイトル戦が行われる各地の印象や対局中のちょっとしたエピソードなどを自戦記の中で軽く触れるのは普通ですが、本書では第17期から第21期竜王戦までの全年度のエピソード(しかも第1局から第7局まで)を専用ページを用意して披露しておられます。エピソードの内容は情報発信量が豊富なご自身のブログと同様に、将棋から競馬、ラーメン、名所見学などバラエティに富んでいます。

全編共通しているのは、幅広い棋力の方に読んでもらうことを意識しているのか、技術的な面では難解な手順はほとんど登場しません。その一方で、普段はなかなか読む機会のない心理面の描写が多いのが特徴です。

例えば、『何度も確認したとはいえ、読みぬけがある可能性もゼロではない。・・・・(中略)・・・佐藤棋聖の応手を待つ間は不安な気持ちもあった。読み筋どおりに手が帰ってくるたびに安堵し、恐る恐る次の手を指して、再び手を待つ。』といった文章や、対羽生四冠の最終局では『対局前も対局中も、こういう大勝負に勝つのはやはり羽生さんなのではないか。3つは勝てても4勝目には届かないのではないか。』などの文章が随所に登場します。

もちろん全てを吐露している訳ではないでしょうけど、対局中の自分の心情を文章にして公開してしまうのは、勝負師としてプラスになることよりもマイナスになることの方が多いのでは?と、凡人としては心配してしまうのですが、このあたりも将棋ファンにもっとプロの将棋を知ってもらいたいという、竜王の心意気なのでしょう。若干24歳にしてトップにまで登りつめた人はやはり違う!と唸らされました。

「将棋世界」の観戦記や主催新聞社である読売新聞から刊行された「竜王決定七番勝負」シリーズを既に読まれた方にも、オススメな一冊です。

その他の渡辺竜王の著書では「四間飛車破り 急戦編」と「四間飛車破り 居飛車穴熊編」の2冊が鉄板ともいえる出来になっていますので、居飛車党の方は参考にしてみてください。