棋士・羽生善治 「人類史上、最も深く考える人」の神髄

永久保存版
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評価:A
対象者:将棋ファン全般
発売日:2009年4月

将棋だけでなくビジネス誌や婦人雑誌、ドキュメンタリー番組でも引っ張りだこの羽生四冠。なかでも、NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」への出演はアンコール放送・スペシャル編集を含めて反響が多く、『才能とは、一瞬のひらめきやきらめきではなく、情熱や努力を継続できる力 © 2009 羽生善治←引用時はこのマークをお使いください(笑)』という名言は視聴者が選ぶ「最も印象に残った言葉」にも選ばれました。

七冠達成前後の注目ぶりは凄かったですが、当時は羽生さんの「思考」や「人物像」といった面ではなく、棋界初となるグランドスラムを達成するか否かという「記録」の面のみがクローズアップされている感じでした。しかし近年は、厳しい勝負の世界でトップを走り続けている羽生さんの「思考」のなかに、閉塞感が充満している今の日本を生き抜くヒントを見い出すという、これまでとは違った視点から注目されてきているようです。

本書はそんな羽生さんのデビュー時から現在までの足跡を、「将棋世界」でお馴染みの写真家・弦巻勝氏の格調高い写真を中心に、羽生さんのロングインタビュー、対談を交えながら辿っていくという永久保存版ともいえる一冊です。

上の表紙写真だけではわからないのですが、ハードカバー仕様で大きさは縦30cmくらいある将棋の本としては結構大きめで、全127ページのうち約半分がカラーとなっています。目次は以下の通りです。

  • 巻頭対談:羽生善治×渡辺淳一「したたかな鈍感力」
  • 七大棋戦:羽生善治激闘譜
  • 密着ドキュメント「タイトル戦の1日」(文・椎名龍一)
  • 揮毫扇子コレクション(文・山田史生)
  • インタビュー「ゴールがあるかどうかは、わからない。でも、行ってみなくては」
  • 羽生善治半生記『栄光への道程』
  • 梅田望夫特別寄稿『現代版・考える人』
  • 羽生善治をめぐる25の挿話(文・椎名龍一)
  • 最後の将棋随筆:団鬼六『名人今昔』

女性を知り尽くし、齢75にしてあっちの方も未だに現役という作家・渡辺淳一氏との対談ではじまり、こちらも女性を知り尽くし、縛り物を書かせたら右に出るものがいない作家・団鬼六氏の寄稿で締めるという異色の構成。

掲載されている写真の数が非常に多いためファンの方にはたまらない内容です。1ページに1枚大きなサイズの写真を掲載しているものもあれば、中小のサイズを複数枚並べたものまで様々ですが、対談を除くほとんどの場合、ページ見開きのどちらかが写真だけ、もう一方も半分近くの面積が写真で占められています。

「七大棋戦:羽生善治激闘」は名人戦・竜王戦など各棋戦での代表的な写真を奪取・防衛の軌跡を交えながら紹介。続く「タイトル戦の1日」では対局前日・当日・対局後の様子を見ていきます。

渡辺淳一氏との対談では、トップ棋士が共通して持っていると渡辺氏が主張する「鈍感力」から、男性と女性が向く世界と向かない世界などがテーマ。後半から「よくぞ聞いてくれた」といわんばかりに渡辺氏が話をされていますので、羽生さんが聞き手になっている感も否めず、ちょっと残念な内容。

「ロングインタビュー」は勝率7割の秘訣、将来の目標、勝負の世界におけて自分を支えているものなどのファンなら是非聞いてみたいと思われる質問に羽生さんが丁寧に答えています。「んー」「ああー」「そう、ですねぇ…」と独特のフレーズもそのまま掲載しており、ちょっとトーンが高くなるインタビューの様子が浮かんできます。

『慣れてくると、平均点取るのが上手くなるんです。この辺やっとけば、まあそこそこ80点くらいで、大きな失敗もない、ということを覚えてします。ただ、そうやっていると、時代に取り残される気がして、安住しないよう、平均点を取るやり方を、いかにして捨てるかという感じは持っています。リスクの高いことをやっていく、っていう意識ですね。』など、生き方のヒントとなりそうな話も登場。

ゴルフのジャンボ尾崎さんを特集したNHK「クローズアップ現代」のなかで、ゲストの米長永世棋聖が同じ趣旨の発言をされていた記憶がありますので、やはりトップを走り続ける人には普遍的なものがあるということでしょう。

「羽生善治をめぐる25の挿話」はプロ初対局時の貴重な写真(羽生さんの後で谷川九段が感想戦を見守っている印象的な一枚)を皮切りに、兄貴分の島九段との初タイトル戦、大山十五世名人、中原十六世名人、谷川九段、村山九段、島研、学生時代、八王子将棋クラブなど羽生さんと関係の深い場面・対局者とのエピソードを紹介。対局前・後での柔和な表情や屈託のない笑顔と対局中の鬼気迫る「眼光(79ページ目)」の対比が素晴らしく個人的には一番面白い章でした。

専門的な将棋の話は一切ありませんので、棋力に関係なく将棋ファンの方はもちろん、ご家族の方も気軽に読める内容となっています。将棋暦が長く「将棋世界」をずっと読んでいる方にはお馴染みの写真がほとんどですので、ページをパラパラと捲りながら当時の自分を思い出す「卒業アルバム」的な読み方もできます。

欲を言えば、佐藤・森内・谷川・渡辺さんに代表されるほかのトッププロ棋士の方から見た「羽生善治像」などを掲載してくれるともっとよかったかなと思います。

棋譜は全く登場しませんので、羽生さんの将棋を盤に並べて堪能されたい方は「羽生vs佐藤全局集」や「谷川vs羽生100番勝負―最高峰の激闘譜!」などを参考にしてみてください。