深浦康市 プロへの道

奨励会時代の思い出と棋譜解説
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評価:C
対象者:深浦王位のファン
発売日:2009年5月

C級2組に在籍にしていた四段時(デビュー3年目)に全日本プロ将棋トーナメントで米長九段を下して棋戦初優勝。2007年の第48期王位戦で羽生名人を下し念願の初タイトルを奪取。翌2008年は羽生名人とのリターンマッチをフルセットの末、さらに2009年は木村八段を挑戦者に迎えて0−3から大逆転で防衛し、王位3連覇を達成した深浦王位。羽生名人との対局数が通算で50局を超えていながら、全くのイーブンで渡り合っているのは王位だけです。

本書はそんな深浦王位のアマ・奨励会時代の思い出や成長の過程を当時の棋譜とともに記した1冊で、NHK将棋講座のテキスト2009年4月号(橋本七段の講座第1回〜)から連載の「深浦康市・小伝」に近い感じです。

本書を読むうえで気をつけたい点が一つあります。タイトルは「プロの道」ではなくて、「プロへの道」です。つまり、上記の棋戦優勝やタイトル戦での活躍、あるいは昇級の本命候補に挙げられながら順位戦のC級2組での苦闘(7−3、8−2、9−1、7−3、7−3、8−2の通算6期在籍)したことなど、プロ昇段後の話は全く登場してこないということです。

また著者・深浦康市となっていますが、棋譜以外の大部分は、深浦王位のアマチュア時代の先生である川原潤一氏が「棋楽(日本将連盟佐世保支部の会報誌)」において執筆した文章となっています。王位自らが当時を振り返って語っているのは各章最後の「思い出のワンシーン」というコーナーだけです。

全222ページの7章構成。奨励会入門以前の小学生時代から三段リーグまでを時系列に沿って読み進めていきます。紹介されている棋譜は全62局(うち5局は複数ページを用意した自戦記っぽい内容)で、見開きに盤面図が5枚配置されています。

棋譜の掲載形式は「将棋年鑑」や「将棋世界」の熱戦紹介コーナーと同様に重要な一手にはアルファベットの目印があり、余白でその手の簡単な解説がなされています。目次は以下の通りです。

プロローグ(アマ7級〜三段):目標としていた先輩に勝つ
憧れの名人との対局(アマ四段):谷川名人との飛車落ち戦
師への恩返し(プロへの決意):天命か、師匠との決戦
新たなるスタート
プロの厳しさ(奨励会6級):昇級どころか降級か
成長のとき(奨励会2級〜二段):ひたすら技術を追求するとき
新しい目標へ(奨励会三段):とてつもなく長い時間

最終章〜とてつもない長い時間より(▲深浦 △三浦):図は▲6四歩まで
12勝5敗で迎えた第9回三段リーグ戦の最終局です。ご存知の通り、三段リーグは1日に2局戦うのですが、午前中に行われた第1局は鈴木純一三段(後のアマ名人)に破れたため、自力昇段の目は消えてしまいました。

既に居飛車穴熊が優勢ですが、この局面で指された▲6四歩の垂れ歩が勝利を決定づけました。同龍と歩を払うのは▲4三桂成ですし、放置しているのはもちろん▲6三銀です。この手を見て三浦三段は投了、深浦三段は13勝5敗となりました。

この後、深浦三段よりも順位が上の豊川三段が13勝5敗で四段に昇段。さらに順位が上の真田圭一三段(12勝5敗)は石堀浩二三段(12勝5敗)に敗れたため、昇段ならず。同じ13勝5敗で深浦三段と石堀三段が並んだのですが、順位の関係で深浦四段の誕生となりました。

余談ですが、本局の対局者である三浦八段と深浦王位には四段昇段後にも浅からぬ因縁があり、深浦王位が順位戦C級2組とB級2組で9勝1敗という好成績で頭ハネを食ったときは、三浦八段が順位の差で昇級しました。さらにA級残留がかかった大一番でも、勝ち星は三浦八段と同じにも関わらず、順位の差で2度も降級しているのです。

冒頭に書いたように深浦王位自身によるページは少なく、プロを目指すために故郷である長崎県佐世保市を離れて埼玉県の親戚宅で生活し、中学を卒業すると同時に独り暮らしをはじめるなど、修行時代のエピソードがいくつか登場するものの、当時の心境や奨励会時代の苦悩などはほとんど触れられていないのが残念です。

一方、小学4年生の深浦王位に6枚落ちから手ほどきをし、各地の将棋大会に同伴している川原氏の文章はそれを補うように非常に細やかな部分まで書かれています。時には手を差し伸べ、時には『自力ではい上がれないならプロになる見込みはない』とあえて助言をしないなど、弟子を思う師匠(ちなみにプロの師匠は花村元司九段)の愛情が伝わってくるようです。

奨励会6級で最初の壁を経験していた深浦少年を胃が痛くなる思いで心配している中、父親が上京。『上がれないなら佐世保へ帰るか』と問うと、深浦少年が『あと1年頑張らせてください。きっと上がって見せるから』と答えたエピソードなども紹介されています。

掲載棋譜はアマ3段時代のまだまだ荒削りな将棋から谷川名人との飛車落ち戦(JT杯将棋日本シリーズの多面指しイベント)、奨励会時代(6級〜三段)まで多岐にわたっています。

なかでも40局掲載されている三段リーグの棋譜は日頃目にすることができないので非常に貴重です。対戦相手も郷田・丸山・藤井現九段、杉本・近藤・豊川・畠山(鎮)・飯塚現七段、佐藤(秀)・平藤・北島現六段をはじめ、現在アマトップとして活躍されている小牧・秋山さんなど強豪ぞろいで、いずれも熱戦ばかりです。

ただ、もっと自戦記があっても良かったのかなとも思います。一応、5局ほど自戦記に近い形で複数のページを割いているものがあるのですが、やはり注釈による手の解説が大半です。

ファンの方にはオススメですが、個人的には肝心の深浦王位の影が薄いような印象を受けました。現在の活躍からすれば、遠くない将来にプロ棋士としての自戦記集、あるいは本人のインタビューや各棋士による深浦評などを掲載した正真正銘の「深浦本」が登場すると思いますので、そちらに期待したいです。

なお、深浦王位の代表的な著書には「これが最前線だ!」「最前線物語」「最前線物語2」があります。三冊とも読み応えのあるものばかりですので、ご存じなかった方は参考にしてみてください。