田中寅彦:急戦でつぶせ ヤグラがなんだ

後手番で主導権を握れる各戦法を紹介
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評価:B
対象者:5級〜二段
発売日:1988年5月

「後回しにできる手は後回しにして、その分を他の手に回して作戦勝ちを狙う」という現代将棋の新・常識が登場していない頃に「飛車先不突き矢倉」を連採していた田中寅彦九段。序盤で見せる様々な工夫から「序盤のエジソン」とも呼ばれています。

本書はそんな田中九段が「カニカニ銀」や「米長矢倉」、「△6二飛戦法」、「矢倉中飛車」など、先手・後手を問わず主導権を握ることができるいわゆる「急戦矢倉」の狙い筋と定跡、そしてプロの実戦を紹介しています。

全228ページの4章構成で、見開きに盤面図が4枚配置されています。目次は以下の通りです。

第1章 二枚銀急戦矢倉(カニカニ銀)
第2章 米長流急戦矢倉
第3章 △6二飛戦法
第4章 矢倉中飛車

常に十字飛車の筋があります

第2章 米長流急戦矢倉より:図は△7五歩まで
△7五歩はこの戦法の代表的な狙い筋です。対して▲7五同歩と取るのは、以下△8六歩▲同歩△6六角▲同金△8六飛の「十字飛車」が見事に決まり、勝負あり!となります。

塚田九段のドル箱戦法でした

第3章 △6二飛戦法より:図は△8五桂まで
▲8八銀には△6五歩▲5七銀△6六歩▲同銀△6五銀▲同銀△6六歩▲5七金△6五飛で先手は潰れ形となります。飛角銀桂の4枚の攻めをまともに受けては勝てません。

各章の冒頭で戦法の狙い筋だけでなく、誕生に至る背景も解説しています。例えば、米長矢倉は先述の「後回しにできる手は後回しにして、その分を他の手に回して作戦勝ちを狙う」という飛車先不突き矢倉への対抗手段として生まれました。

つまり、飛車先を突いていないために急戦を仕掛けられた場合の反撃体制が整っていないという弱点を突こうというわけです。また、当時流行した「早囲い」が「飛車先不突き矢倉」にミックスされると、玉が二段目にいるため、▲7九玉〜8八玉とする従来の囲いよりも上部からの攻撃に弱いという弱点も狙っています。

このような狙い筋や背景を理解した後は、講座編として定跡化されている駒組みの手順を初手から解説し、プロの公式戦で登場した代表的な攻防を数局ほど紹介しています。

いずれの章も基本は十分すぎるほど解説されていますが、なかでも米長矢倉は全228ページ中の約80ページを割くほどの濃い内容になっており、攻めに手厚さを加えた△4四銀型や先手番バージョンのほか、対策などにも触れられています。

どの戦法も「通常の矢倉に比べて玉の堅さで劣る」「玉飛接近の陣形のため反撃がきつい」などのデメリットもありますが、後手番でも先攻できるというメリットも大きいですので、攻め好きの方にはピッタリだと思います。

実際に目次で掲載されている各戦法は上から順に、児玉七段・米長永世棋聖・塚田九段・鈴木(輝)七段の十八番戦法で、勝ち星を量産しました。児玉七段は現在でもカニカニ銀を愛用し、「必殺!カニカニ銀―究極の二枚銀戦法」の著書があるなど、同戦法の代名詞ともいえる存在になっています。

ただし、△6二飛戦法や米長矢倉は対策が進んだため、現在はほとんど指されていません。対策が進んだのは90年代半ば〜後半ですので、本書では掲載されていませんが、詳しくは勝又六段の「消えた戦法の謎」で解説されていますので、興味のある方はそちらを参考にしてみてください。

なお、後手番で主導権を握るために現在でもプロが採用している戦法としては「右四間飛車」が有名ですが、そちらは「矢倉急戦道場 棒銀&右四間」で勉強することができます。

本書は急戦矢倉を特化した数少ない貴重な棋書ですが、出版されてから随分と年数が経っていますので、古本屋でも見つけるのは困難だと思います。