長岡裕也:2手目の革新 3ニ飛戦法

後手番の石田流を狙うことができます
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評価:B
対象者:5級〜四段
発売日:2008年8月

2手目△3ニ飛車をプロ公式戦で最初に指したのは著者である長岡四段ですが、深浦−羽生の王位戦で羽生王位(当時)が指したときは、本当に驚きましたね。以前レビューした「イメージと読みの将棋観」でも、佐藤康光棋王の「2手目△4ニ飛と△5ニ飛はあり得ると思ったけど、△3ニ飛だけは論理的に不可能と思っていた。(P24参照)」というコメントが掲載されていますが、将棋の持つ可能性(しかも超序盤)を改めて感じた次第です。

第35回将棋大賞 升田幸三賞を受賞

相手を挑発させる意味で指す△3ニ飛と違って、本書で解説されている△3ニ飛戦法には「後手番での石田流を成立させる」というコンセプトがあります。
ちょろちょろっと説明させていただきますと、従来、後手番で石田流を狙って駒組みを進める場合、初手▲7六歩△3四歩▲2六歩△3五歩に▲5六歩が有力な一手とされており、△3ニ飛には▲2ニ角成△同銀に▲6五角が、4三と8三の地点への角成りをみて先手優勢となります。

したがって、▲5六歩には一旦△4ニ飛と「途中下車」して4三の地点を受ける→△7ニ玉として8三の地点を受けてから、ようやく△3ニ飛と回ることになります。後手番の上さらに一手損をしているので後手面白くないようですが、先手も▲5六歩を突いたため対石田流の有力な構えである▲4六歩〜4七銀に組みにくいという点もあり、後手も十分に戦えるのです。これは「島ノート 振り飛車編」で「3・4・3戦法(P120〜参照)」として紹介されています。

そこで、近年は▲5六歩に代えて▲2五歩が最有力とされています。以下、△3ニ飛▲6八玉△6ニ玉▲2ニ角成△同銀▲6五角から居飛車が良くなる変化があるため、後手の石田流は成立しないとされてきました。

しかしこの常識に挑み、後手番でも石田流を狙いに行くのが、本書で紹介する△3ニ飛戦法です。この戦法は奨励会員の今泉三段が発案し→これを知った久保八段の経由で関東に知れ渡る→長岡四段が公式戦で初めて披露→優秀性を認識した久保八段がA級順位戦で採用し、注目を浴びる→同戦法で今泉三段が「2008年度 升田幸三賞」を受賞、という経緯があります。

全222ページの5章構成で、見開きに盤面図が4枚配置されているオーソドックスな作りです。目次は以下のようになっています。

序章 後手番で石田流を目指すと
第1章 △3二飛戦法の基本戦略
第2章 ▲9六歩対策
第3章 相振り飛車対策
第4章 △3二飛戦法実戦編
第5章 次の一手

石田流に対しての6五角は常に有力

第1章 △3ニ飛戦法の基本戦略より:図は▲6五角まで
石田流を指すうえで常につきまとう▲6五角の攻め筋。△3ニ飛戦法でもこの攻めを受けられるか否かが最重要ポイントとなります。本書でも図の局面と、そこからの変化で登場する受けの好手△9四角を消したり、他の変化で香車を逃げる手を可能とする意味で三手目に▲9六歩と突く局面が、重要局面として紹介されています。

本書の流れとしては、通常の後手石田流が何故成立しないのかを解説→2手目△3ニ飛を採用し、石田流の理想形を組む→石田流に組まれると不利とみた先手が▲2ニ角成から▲6五角(上図参照)を選ぶ→▲6五角が成立するなら△3ニ飛は「終了!」ですので、ここの攻防を詳しく見ていく、となっています。

先手が▲6五角を選ばなければ、後手は石田流の理想形を組み上げることができます。2手目△3ニ飛から石田流に組まれると、先手は有力策である棒金からの押さえ込みや居飛車穴熊にも組めないので、▲6五角以下の攻防は居飛車党としても必修と言えるでしょう。また、先手が居飛車党であると限定はできないので、相振り飛車になった場合の攻防もカバーしてあります。

戦法としての歴史が短く、公式戦での実戦局が少ないこともあってか、全222ページのうち講座にあたる本編は90ページ、しかも最初は従来の後手番石田流の解説ですから、実質78ページ分しかありません。これなら、後半にある復習用の次の一手問題を省いてその分を…という感じがしなくもないです。ただ、その復習問題の章は、後手番でありながら見やすいように盤面を逆さま(後手番が盤面下)にしてあるので、頭に入りやすいというメリットはあります。

現在(おそらくこの先も)この戦法を解説している棋書は本書だけです。序盤早々、深謀遠慮な▲9六歩が登場したり、交換した飛車を△9三飛と打ったり、相横歩取りの乱戦に見られる「あらかじめ知っていないと指しにくい」手がたくさん登場するので、少しでも興味がある方は絶版前に入手しておくとよいかもしれません。