村山慈明:ライバルに勝つ最新定跡

好評のシリーズ第3弾
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評価:B
対象者:5級〜五段
発売日:2010年9月

2009年10月に行われた王将戦挑戦者決定リーグ戦の渡辺竜王−豊島五段戦。注目の好カードは一手損角換わりの最新の形となり後手の豊島五段の勝利―。

この将棋を見ていた村山五段が、数日後の対堀口七段戦(王座戦一次予選)で同形に誘導したところ、なんと渡辺−豊島戦の途中図と全く同じ局面で堀口七段が投了。「プロ棋界の情報戦・研究合戦もついにここまで来たか!」と驚かれた方も少なくないと思います。

本書はそんなプロ棋界の最先端の定跡を詳しく解説して好評を博した「最新戦法必勝ガイド」、「アマの知らない最新定跡」の続編となります。著者はプロをも唸らせる序盤の研究量から「序盤は村山に訊け」と言われている村山慈明五段です。

テーマは、振り飛車からはゴキゲン中飛車、石田流、居飛車からは横歩取り△8五飛戦法、角換わりの4本立て。若手の格好の研究テーマとしてシリーズ第一弾から登場してきた藤井システムは登場しておらず、また前巻では5局掲載されていた自戦記も3局となったことから、1つのテーマをより深く掘り下げる形になっています。

全222ページの9章構成で、第1〜8章までが定跡解説編、第9章が実戦編となっています。盤面図は見開きに4枚配置。目次は以下の通りです。

第1章 △ゴキゲン中飛車
第2章 ゴキゲン中飛車超急戦
第3章 ▲ゴキゲン中飛車超急戦
第4章 ▲石田流
第5章 横歩取り△8五飛 VS 新山崎流
第6章 横歩取り△8五飛 VS ▲5八玉型
第7章 同型角換わり腰掛銀
第8章 一手損角換わり VS 早繰り銀

第9章 実戦編
「読み負けで好局を落とす」 対真田圭一七段戦
「現代将棋の恐ろしさ」 対佐々木慎五段戦
「研究が優った一局」 対塚田泰明四段戦

玉を上がるのが稲葉四段の新手

第4章 ▲石田流より:図は△7四同歩まで
▲7六歩△3四歩▲7五歩△8四歩▲7八飛△8五歩に▲7四歩△同歩としたところ。いきなり▲7四歩と仕掛ける形は「鈴木新手」として有名で、△7四同歩に▲同飛△8八角成▲同銀△6五角には▲5六角を用意していますが、図の局面で▲5八玉と上がったのがいわゆる「稲葉新手」です。

対して、@△6ニ銀は、以下▲7四飛△7三銀▲2ニ角成△同銀▲7三飛成△同桂▲7四歩△6五桂▲7三角…以下、先手優勢となります。一歩得を狙うA△7二飛は、角交換から▲8三角の時に8筋に伸ばした歩が冴えないので後手がイマイチっぽいですが、△5四角があり難しい勝負に。また角交換後の▲5五角を防ぐB△3ニ金も有力です。

実戦例が少ないため、トッププロの誰かが指してしっかり勝ち、それに他の棋士が追従する形になるかどうかがカギでしょうか。それにしても、序盤で一歩突き捨てた後に悠然と玉上がりという手の組み合わせは、普通は思い浮かびませんよね。

佐藤康光棋聖が指した驚きの一手△3三桂

第7章 同型角換わり腰掛銀より:図は△2八馬まで
90年代の大ブームが過ぎ去り、一手損角換わりに主役の座を奪われたものの、丸山九段らスペシャリストに根強い人気のある同型の角換わり腰掛け銀。終盤の入り口までが定跡化された恐ろしい戦法ですが、いまだ結論が出ていません。

上手では@▲4九飛△3八馬と馬筋をずらしてから▲6九飛とする形と、A▲4四角成△3九馬▲2二歩と飛車を見捨てて攻めあいに持ち込む形が有力手となります。本書では双方の手順を寄るか寄らざるかの局面まで詳しく解説しています。

オーソドックスな定跡形に登場した新手ではなく、その新手をベースとして新たに定跡が整備されているところに、さらに新手を追加しているようなマニアックなテーマ図が増えてきており、難易度は少し上がってきている感じがします。

▲石田流の"稲葉新手"(▲5八玉)やゴキゲン中飛車超急戦の"菅井新手(△7一玉)"、"トリプルルッツ"(羽生−久保の王将戦で登場した限定三連続合駒)、同型角換わり腰掛け銀の"渡辺新手"などのキーワードにピンと来た定跡通の方には、ご自身の実戦で応用できる参考書として、そうでない方はテレビ棋戦やネットのタイトル戦中継などを観戦する際のガイドブックとして読むと役に立つと思います。

ただ、最新の横歩取り△8五飛をフォローしているのは本シリーズしかないものの、久しく定跡書が刊行されていなかったゴキゲン中飛車の分野は、遠山五段の「遠山流中飛車持久戦ガイド」と「遠山流中飛車急戦ガイド」が最新形を詳しく解説(特に後者)していますので、そちらをお持ちの方は改めて本書を読む必要はないかもしれません。

残念なのは、変化手順をできる限り掲載しようとした結果なのか、参考図が非常に多く、本筋に戻って「第○図からの指し手」となった時に、ページを一旦戻ってまた進み、再び参考図…とストレスを感じる場面があるという点です。

なお、実戦編の対真田七段戦では、同型角換わり腰掛け銀における歩の突き捨ての順番として「世に伊奈さんあり(4→2→1→7→3)」というユニークな語呂合わせが紹介されています。戦型に関わらず、歩の突き捨て順は「同歩とされたときに自陣に響きが薄い(=影響が少ない)」という点を考慮しておけば自然と分かるのですが、この語呂合わせはかなり秀逸だと思います。

中学生の頃、「鳴くよウグイス、平安京(794年 平安京へ遷都)」、「ゲルマン人はみなゴリラ(375年 ゲルマン人の大移動が始まる)」など、色々覚えさせられた記憶がありますが、実生活で役立ちそうなのは今回が初めてのような気がします(笑)。

構成面にやや難がありますが、披露されている最新の定跡手順は嘘偽りのないガチンコですので、これまでのシリーズを楽しめた方は今回も満足できると思います。