広瀬章人:四間飛車穴熊の急所 急戦・銀冠編

山田定跡、棒銀、銀冠対策はバッチリ
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評価:A
対象者:5級〜三段
発売日:2011年4月

四間飛車穴熊と言えば、「穴熊党総裁・副総裁」の大内九段と西村九段、その独特の感覚から谷川九段をして「感覚を破壊された」と言わしめた福崎九段、五、六段時代に同戦法を連採して高勝率を誇った鈴木八段が有名です。

大内、福崎、鈴木の三氏は四間飛車穴熊をテーマにした棋書を出していますが、居飛車の対策(主に居飛車穴熊と銀冠)が進んだ結果、段々とプロ棋士の間で四間飛車穴熊が指されなくなり、スペシャリストによる専門書も久しく出されていない状態が続いてました。

プロ公式戦における四間飛車穴熊の勝率は3割台後半と言われるなか、只一人勝ちまくり、遂に王位まで奪取したのが、「穴熊王子」として一躍全国区に躍り出た広瀬王位です。

本書は「現代棋界No.1の穴熊の使い手」と称される広瀬王位による四間飛車穴熊の定跡書となります。テーマは対居飛車急戦(斜め棒銀・山田定跡・鷺宮流の仕掛け・棒銀など)と銀冠です。

全222ページの2章構成で見開きに盤面図が4枚配置されています。
出版社は浅川書房ですが、同社の代名詞ともなっている「〜を指しこなす本」シリーズのように、「次の一手」形式で読み進め、最終ページで本を逆さまにして再び読み進める…という例のスタイルではなく、通常の棋書と同様のオーソドックスなスタイルを採用しています。目次は以下の通りです。

第1章 急戦編
(スピード角交換・斜め棒銀・山田定跡・鷺宮流・棒銀・スピード斜め棒銀…ほか)
第2章 銀冠編
(△4四歩からの攻防・最有力の▲4五歩・後手番での考え方…ほか)

※…章末には【まとめ】として四間飛車穴熊で急戦、あるいは銀冠を迎え撃つ際のポイントを箇条書きの形でまとめています。
また、【チェックポイント】と題して、重要局面を4枚の盤面図を使って紹介。どのページを見れば復習できるのか、盤面図の下にページ数が記されています。

第1章の急戦編は、四間飛車穴熊が全て後手番となっています。居飛車の急戦策は7つ紹介されていますが、ポイントは@△3二銀型で待機して、相手の仕掛けに乗じて△4五歩から飛・角を捌く、A左金は左辺の受けに使う(対山田定跡・棒銀)ので、序盤は△4一金のまま動かさない…の2点です。

攻め合いは歓迎です

第1章 斜め棒銀 より:図は▲4六銀まで
相手に攻めさせてカウンターを狙うのが振り飛車の常套手段。

ここでは△7一金と囲いを固めながら間合いを図り、▲3五歩の仕掛けを待ってから、△4五歩を決行します。

以下▲3三角成△同銀▲3四歩△4六歩▲3三歩成△同桂…で攻め合いは歓迎です。

ノーマル四間飛車と同じ捌きを再現

第1章 山田定跡 より:図は▲3五歩まで
通常の四間飛車で山田定跡の迎え撃つ手順と同じです。

すなわち、図以下△3五同歩▲4六銀△3六歩▲3五銀△4五歩▲3三角成△同銀▲2四歩△同歩▲同銀△同銀▲同飛…と進みます。

▲4六銀に△3六歩として、取られそうな歩を逃げながら、後の反撃に生かすのがポイント。そして、▲3五銀と引きつけておいてから△4五歩から一気に捌きます。

本書では△4五歩に対して、上記のように▲3三角成とする手順に加えて、▲5五歩と角交換を拒否して、押え込みを狙う手順も解説しています。

角頭の攻めを恐れない

第1章 鷺宮流 より:図は▲3八飛まで
飛車を寄った狙いは、▲3五歩△同歩▲4六銀からの仕掛けです。

角頭が怖いからといって△4三銀と守るのは、構わず▲3五歩△同歩▲4六銀△4五歩▲3三角成△同桂▲3五銀…以下、陣形が立ち遅れている後手は形勢を損ねてしまいます。

正解はここでもやはり△3二銀のまま待機して、じっと△7一金。以下、▲3五歩△同歩▲4六銀△4五歩▲3五銀△8八角成▲同玉△3四歩▲同銀△4六歩と捌きあって、振り飛車良しです。

加藤九段が十八番としている形

第1章 棒銀 より:図は▲4六歩まで
対棒銀では△4一金をいかに活用するかが勝負の分かれ目となります。図以下、△4二金▲4五歩に▲3三金(!)が、知る人ぞ知るゴツイ受け方。

▲3三金以下、@▲3四歩には△同銀▲4四歩△同金▲4五歩△4三金▲2二角成△同飛…、A先に▲4四歩は△同金▲4五歩△同金▲2二角成△同飛・・・と手順は長いものの結論は【振り飛車良し】か【いい勝負】です。

上図で9筋の突きあい、▲6八金上と△7四歩の交換があるものの、この局面はNHK杯戦の▲加藤一二三九段 △鈴木大介八段などの実戦例があります。

穴熊のハッチが閉まる前に仕掛けます

第1章 スピード斜め棒銀 より:図は▲3五歩まで
こちらも加藤一二三九段が得意とする形で、実戦例がいくつかあります。

▲5八金右を省略して仕掛けることにより、穴熊に△8二銀とハッチを閉める余裕を与えません。

図以下、△3五同歩▲4六銀△3六歩▲3五銀△4五歩▲3三角成△同銀に▲6五角と打つのが、この戦法の眼目の一手で、振り飛車は▲8三角成と▲2一角成(桂取り)の両方を受けることができません。

この章を読んで良かったところ、そして気になったところを簡単ではありますが、以下にまとめてみました。

◎…対居飛車急戦における代表的な定跡の基礎がマスターできる。

◎…「急戦に対する四間飛車穴熊は、振り飛車らしく柔軟に対応しようとするより、穴熊らしく強引にさばくほうがわかりやすい(P50より)」など、穴熊で戦う際の考え方にも随所で触れられている。

△…四間飛車穴熊が先手番の時の戦い方に触れられていない。仮に先手番なら、▲3六歩(上図では△7四歩に相当)の一手が入るので、▲3五歩△同歩で船囲いの玉頭にいつでも「アヤ」をつけることができるし、▲3八飛で玉頭も狙えます。せめて、こういう戦い方があるということだけでも紹介してほしかった。

△…「地下鉄飛車」対策が載っていない。この本で載らなければ、次のチャンスはいつなのか? 現在参考になるのは小林九段の「スーパー穴熊 完結編」、鈴木八段の「鈴木大介の振り飛車自由自在」の棋譜解説のみ。

なお、先の王位戦では深浦九段が、地下鉄飛車の構え→8筋の歩を交換→その一歩で2筋からの継ぎ歩を狙う「8筋交換型」を採用して注目を集めましたが、この形は「四間飛車道場 第9巻 持久戦vs穴熊」が詳しい。

対四間飛車穴熊には、居飛車穴熊と銀冠を採用するプロ棋士がほとんどのため、急戦の定跡は進歩していません。

したがって、本書の第1章の内容は、現在はいずれも入手が困難なものの、所司七段の「四間飛車道場 第10巻 急戦vs穴熊」、大内九段の「史上最強の穴熊 Vol.1 急戦編」、鈴木八段の「鈴木流四間穴熊」の内容と重複しています。

なかでも、「四間飛車道場 第10巻 急戦vs穴熊」は、鷺宮流の仕掛け(上図3枚目)を除いては全ての形を徹底的に解説しているうえ、△3二銀型にくわえて、△4三銀型、左美濃▲4六銀急戦なども登場します。したがって、四間飛車穴熊に特化した棋書を既に数冊お持ちの方の場合、特に目新しいところはないでしょう。

穴熊のハッチが閉まる前に仕掛けます

第2章は銀冠編。玉頭に築いた厚みが、守りだけではなく、そのまま穴熊への攻めにも繋がるという意味では、居飛車穴熊より厄介な囲いと言えます。

この章ではまず一昔前の穴熊、図のように3×3でガッチリ固めた穴熊が、どうして指されなくなったのかを、成功例→失敗例と具体的な手順を追ってみていきます。

結論だけいうと、居飛車は角道を開けたままの状態で待てるので、振り飛車は角の活用(▲6五歩)と銀の活用(▲6六銀)ができない。→△4二金右から△1二香の穴熊への組み換えを許し、ド作戦負け必至の展開となります。

広瀬王位がポイントとして挙げているのが、「堅さ」だけではなく、「攻め」の手段も確保して、双方を上手く両立させること。銀冠穴熊への組み換えを見せられたときに、動ける構えをつくること…などです。

何が何でも△4四歩を突かせて争点を作る

そこで本書では、左の図のように▲4六歩〜4七金と左金を立体的に使い、居飛車に角道を閉じさせる、あるいは4筋に争点を作らせる、さらには▲3八飛の袖飛車で銀冠穴熊にも対応できる現代穴熊の戦い方をみていきます。

居飛車が△4四歩を突いてこない場合の最有力として紹介されているのが、図の▲4五歩。放置していれば、次に▲4六金〜3八飛〜3五歩の角頭狙いがあるため、ここで動かざるをえません。

例えば、△4四歩の反発には、▲同歩△同銀に▲4八飛△4三金右▲3七金と進めます。この順は穴熊の囲いを手順に堅くしながら、飛車を活用できますし、次に▲6五歩で角道を開けることもできます。

◎…居飛車、振り飛車のそれぞれの理想形、そこからの仕掛けを最初に詳しく解説してから、それを許さないための双方の工夫を順に紹介してある。

◎…第1章と違い、四間飛車穴熊が先手・後手番のときの両方を解説している。

×…1冊で急戦と銀冠をカバーするのは無理がある。特に銀冠の章は旧型穴熊に相当量のページを割いているので、定跡解説の部分が駆け足気味になっている。本格的に指すなら「四間飛車道場 第8巻 銀冠vs穴熊」を参考にしたい。

これから四間飛車穴熊を始めたいと思っているノーマル四間飛車党の方、広瀬王位の活躍でネット将棋で四間穴熊党が増えるのを見越して早めに対策を練りたい居飛車党の方には、文句なしでオススメです。

解説は明快でテーマ図からの各手順を検討していった後には、【居飛車良し】【振り飛車良し】【いい勝負だが】【作戦負け】等のマークアップがなされていますので、読み返したときに「どの手順に踏み込んだら、形勢を損ねるのか」といったことが、ひと目でわかるようになっています。

一方、この戦法を既にバリバリ指している方の場合、既にお持ちの本(特に四間飛車道場シリーズ)で十分カバーできる内容ですので、どうしても読まなければならないという本ではありません。

惜しいのは急戦編と銀冠編の2冊に分割せずに1冊にまとめたことですね。今をときめく広瀬王位ですし、2冊に分けても好調なセールスを記録したはずです。

四間飛車穴熊を得意とする大型新人でも登場しない限り、この戦法の本を書けて、なおかつネームバリューもあるのは広瀬王位しかいません。そういった意味でも、なんとか2冊にしてほしかったな、と。

続編の「四間飛車穴熊の急所 銀冠穴熊・相穴熊編」は、広瀬流のオリジナル手順が披露されると思われるので期待大。深浦九段との王位戦のように、居飛車穴熊が右金の動きを保留する形や、四間飛車穴熊が囲いの完成よりも、腰掛け銀→銀をバック→5筋の歩を伸ばす…を優先させる形はどの棋書でも解説されていないので、そちらの方は鉄板の一冊となりそうです。