広瀬流四間飛車穴熊勝局集

類書なき貴重な一冊です
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評価:A
対象者:将棋ファン全般
発売日:2011年4月

アマチュア的に見れば「互角」でも、プロの視点では「居飛車だけが飛車先の歩が伸ばし、仕掛けの権利を有している」として、対居飛車持久戦の振り飛車穴熊は「やや分が悪い」と認識されてきました。

そんななか、四間飛車穴熊を引っさげて、第51期王位戦の挑戦者に名乗りを上げ、深浦王位(当時)から4-2(2千日手)で初タイトルを奪取し、一気に全国区に躍り出たのが、ご存知「穴熊王子」こと広瀬章人王位です。

学生(当時は早稲田大学在学中)でのタイトル挑戦は加藤一二三九段に次いで二人目、タイトル奪取は棋界初の快挙ですが、「将棋界への恩返し」として、大学在籍時に既に弟子を取っているところが素晴らしい。

また、将来は普及のために自分の道場を開きたいとのことで、若くしてトップに立つ人間は技術面だけではなく、人間的にも違うと感心させられました。

本書はそんな広瀬王位の勝局のみを50局ピックアップ&解説した初の実戦集となります。テーマは勿論、王位の十八番戦法である四間飛車穴熊です。

プロ入り6年目で実戦集を出すのは異例ですが、四間穴熊はプロの棋譜自体を目にすることが少なく、ましてや解説をじっくり読む機会は皆無でしたので、本書の刊行はいいタイミングだったと思います。

全317ページの2部構成で、第1部が自戦記形式(20局)、第2部が棋譜解説(30局)となっており、盤面図は第1部が見開きに4枚、第2部で5枚配置されています。

歩の使い方が巧妙

第36期棋王戦 本戦 ▲渡辺竜王 △広瀬王位:図は▲6九金まで
局後、渡辺竜王をして「広瀬穴熊が遠すぎる(竜王のブログより)」と言わしめた一戦の序盤より。図から△6二金寄▲7九金寄△5四歩▲3六歩△5五歩▲2四歩△同歩▲3五歩△同歩▲5五歩…と進行。

広瀬王位が△四間飛車穴熊で▲6六銀型の居飛車穴熊を迎え撃つ際の工夫は、@△5四銀から腰掛け銀→△6五歩で銀を追い払って位を取る→△6三銀とバックして自陣を固める→△5四歩〜5五歩と5筋から主導権を握りにいく。

A5筋でいち早く動くために、△7一金は後回しにして、△6二金寄を優先させる(△5二飛が可能になる)…です。「後回しにできる手は、後回しにする」という現代将棋を象徴する考え方が穴熊に必須の△7一金にまで及んでいるわけです。

覚えておきたい好手順

第67期C級1組順位戦 ▲広瀬五段 △西川七段:図は△3三銀まで
数手前に▲5六銀△4四銀▲4六歩△5五歩▲4七銀と引いた後に、5筋の位を目標にして▲5六歩と動いた将棋です。上図から▲6四歩△同角▲5四歩が3手一組の好手順です。

▲6四歩に△同歩は▲5五銀(▲6三歩)があるので△同角ですが、そこで▲5四歩と垂らすのが、次に▲5三歩成△同角▲6三飛成を見た軽い一着です。
▲5四歩に△4二金寄は将来の▲5三歩成△同金で穴熊の弱体化を狙われます。

銀冠も厄介な相手です

第14期銀河戦 予選 ▲広瀬四段 △勝又五段:図は▲7七角まで
四間穴熊がこの段階で▲1六歩としているのは比較的珍しいですが、その一点を除けば先後逆で頻出の局面です。

上図から△4四歩▲6五歩△4五歩▲6六銀△4六歩▲同金△4三金右…と双方の角の活用を巡るお馴染みの手順が展開されました。広瀬四段は最終手の△4三金右に▲4八飛と回ったため、△7五歩からの仕掛けを与えることに…。

同時期に広瀬王位の「四間飛車穴熊の急所 急戦・銀冠編」が出版されましたが、プロの実戦では対四間穴熊に持久戦を採用することがほとんどですので、本書では急戦調の将棋は登場せずに銀冠(銀冠→穴熊を含む)と居飛車穴熊の二本立てとなっています。

広瀬王位は本書や「将棋世界」の付録でも述べておられたように、「人に見られていることを常に意識しているので、必要以上に粘ったりしない」将棋です。

この勝局集でも終盤で粘って逆転するような将棋はなく、的確な速度計算に基づいて「綺麗」に勝つ将棋ばかりですので、「筋のいい」穴熊を目指す方なら格好のテキストになることでしょう。全50局中、28局は自玉に王手が一度もかかることなく勝っているのは、まさに「穴熊王子」の面目躍如。

特に対△居飛車穴熊における3〜6筋の歩の活用(伸ばして、捨てて、垂らすor自陣の底歩)の仕方、攻防に角のラインの活かす指しまわしが実に美しい。

第1部の自戦記編(計20局)はページ上段に見開きに図面が4枚掲載されており、うち2枚が実戦における【進行図】で、残り2枚が他の候補手の解説を補助することを目的とした【参考図】となっています。

対局時の臨場感を再現する一つの手段としてでしょうか、持ち時間が短い「大和証券杯 ネット将棋最強戦」と「朝日杯将棋オープン戦」の二局を除き、盤面図の下にはその局面での双方の持ち時間が記載されています。

そしてページ下段では、右側1/5に実際の進行手順を消費時間とともに掲載、残りが広瀬王位による解説となっています。1ページあたりの進行は局面によって左右されますが、だいたい8手くらいと思ってもらって大丈夫です。

対居飛車穴熊の将棋は、広瀬王位の試行錯誤の様子が綴られており、前例もしくは類似局がある場合には、文中に該当局のページ数が記されているため、読み手が比較・検討しやすいようになっています。

解説は中・終盤で独特な感覚が要求される四間穴熊だけあって、大駒を切るタイミングや細かい手順の繋ぎ方、「ゼット(絶対に詰まない形)」を生かした強引な詰めろの掛け方など、棋譜だけではわからないポイントが詳しく解説されています。

王位戦の7番勝負や挑戦者決定戦(対羽生三冠)のWEB解説、あるいは「将棋世界」の解説では一行で済まされていた手でも、本書の解説を読んで初めて「そういう意味があったのか」と納得した部分がいくつもありました。

自戦記編は余裕があるので、対局時の心境やちょっとしたエピソード(タイトル戦用に袴を新調してみたらイメージと違う→調べてみたら乗馬や武道用に使う別物だったw)も書かれています。

棋譜解説編は、ポイントとなる手の横に太字で「A・B・C…」とアルファベットが振ってあり、余白で「A…銀当たりを防ぎつつ△7六桂の狙いを復活させる」といったように2行程度の解説が付くスタイルです。

この注釈はAから始まって最大でP、つまり16個もの解説があるうえ、実戦進行の盤面図も5枚ほど用意されていますので、第1部に負けず劣らず勉強になります。

本書は振り穴党の方にとってはまさに必読書。「とっておきの相穴熊」と合わせて読んで、広瀬穴熊の「特異感覚」を少しでも吸収したいところ。「機動戦士ガンダム」で、マ・クベ大佐はジオン公国に鉱山資源を送った後、「これでジオンはあと10年は戦える!」と豪語しましたが、振り穴党にとって本書はまさにそんな存在です。

なお、広瀬王位の活躍をきっかけに、これから四間飛車穴熊を始めたい方にとっては少し敷居が高いと思われるので、穴熊の基本定跡を解説したほかの書籍で勉強してから本書を読むのがいいでしょう。

-広瀬王位の四間飛車穴熊を動画で堪能する-
上図(2枚目)の盤面図で紹介した▲広瀬五段 △西川七段の将棋は、無料動画サイト「ニコニコ動画」にアップロードされている「将棋大技典 #07 広瀬流穴熊」という動画(詳細はコチラ)で見ることができます。

藤倉四段が解説を、中村桃子女流1級がアシスタントを務める1回完結型の講座番組です。広瀬穴熊の素晴らしい捌きを勉強できる動画になっていますので、是非ご覧ください。同講座ではコーヤン流三間飛車、高田流左玉、糸谷流右玉、飯島流引き角戦法なども解説されています。