森下卓の矢倉をマスター (NHK将棋シリーズ)

定跡書ではなく指し方や考え方をレクチャー
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評価:C
対象者:8級〜初段
発売日:2009年5月

本書は講師に森下九段、アシスタントに熊倉紫野女流初段を迎えて放送された「NHK将棋講座(平成20年10月〜21年3月)」を再構成して出版したものです。一般的な定跡書ではなく、矢倉で戦うために必要な考え方を森下九段の実戦(奨励会〜プロ)で勉強するというスタイルになっています。

全223ページの3章構成。見開きに盤面図が2〜3枚配置されています。目次は以下の通りですが、最後の自戦記は放送時のテキストには未掲載となっています。

第1章 矢倉の基本と考え方(旧24手組み)
第2章 現代矢倉の誕生(新24手組み)
第3章 自戦記(計5局:対前田、小林(宏)、有吉、渡辺、森内)


第1章 矢倉の基本と考え方「駒の方向性を知ろう」より 図は▲6五歩まで
実戦では1筋を突き越した段階での作戦であるスズメ刺し戦法(▲6五歩に代えて▲1八香△3一玉▲1八香と進行)となりましたが、目障りな角を追い払って調子のよさそうな▲6五歩は何故駄目なのでしょうか?

矢倉に限らずどの戦型においても「攻め駒」と「守り駒」の交換になると王様の守備力が弱くなる受け手の方が分が悪いですよね。矢倉では▲6六歩(△4四歩)は守り駒ですので、▲6五歩は守り駒自らが攻め駒に働きかけていることになります。

また、▲6五歩以降の展開を考えると▲6五歩△4二角▲6六金(銀)△6二飛が予想されますが、こうなると6筋に後手の飛角銀が集中し、先手としては▲6五歩と「位を取ったためににかえって相手の攻め駒に近づいてしまった」あるいは「攻めの焦点を後手に与えてしまった」ことになるのです。

もちろん、彼我の駒の配置によって▲6五歩と突いて金銀がモリモリと盛り上がって押さえ込みを狙う手順も矢倉には存在しますが、上記の太字で示した部分のような「矢倉の考え方」を学ぼうというのが本書のテーマです。

第1章は▲7六歩△8四歩▲6八銀△3四歩▲7七銀△6二銀の7手目に「▲2六歩」と飛車先を突く「旧24手組み」をベースに、第2章は7手目の▲2六歩に代えて「▲5六歩」と突いて飛車先不突きのまま駒組みを進める「新24手組み」をベースにして講座がスタートします。

冒頭で書いたように本書は定跡書ではありませんが、基本中の基本であるこの二つの駒組み(特に新24手組み)はその手の意味を含めて、丁寧に解説してあります。具体的には7手目に▲5六歩を突くことで、後手のどのような急戦策を封じているのか…などです。

第1章・2章ともにテーマ図となっているのは森下九段の実戦です。第1章では「相矢倉における端歩の考え方」「駒の方向性」「攻め駒を攻める(B面攻撃)」など抽象的になりやすいテーマを取り上げていますが、分かりやすい解説だけでなく、部分図や仮想図なども使って、その概念が理解しやすいように工夫がなされています。

ただし、第2章の半ばからは自戦記に近い構成になっており、矢倉らしい戦いは堪能できるものの、本来なら章末のエッセイコーナーなどに掲載するような雑談が随所に登場し、宣伝文句にある『どう判断して、なぜそう指したのか、という思考過程に焦点を当てた』が少しおざなりになっているような気がしました。

また、通常の棋書では▲7六歩△8四歩▲6八銀△3四歩▲7七銀△6二銀…と指し手の進行はまとめて表記し、解説と切り離して掲載していますが、本書では「では図の▲1六歩から始めたいと思います。以下、後手は△1四歩と突かずに△9四歩と端歩を突き・・・」などのように文章の形式で指し手が進められていますので、非常に読みにくいのが難点です。特に反復して読みたいときに、それが本筋の手の進行なのか、変化手順の進行なのかひと目でわからないのでストレスがたまります。

一般的な定跡書とは違うコンセプトをテーマに掲げていた本講座は期待していたのですが、構成上の難もあり、ちょっともったいない感じがします。

森下九段は矢倉の著書には定跡書として「現代矢倉の思想」、「現代矢倉の闘い」が、また自戦記としては「森下の矢倉」が刊行されています。残念ながらいずれも絶版となっていますが、非常に参考になりますのでブックオフなどで運よく見つけられた方は是非とも手にとって見てください。