森内俊之:矢倉の急所 Vol.2―加藤流

30年間指し続けられている老舗の戦型
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評価:S
対象者:5級〜六段
発売日:2009年6月

シリーズ前作にあたる森内九段の渾身の一冊「矢倉の急所 Vol.1」では、現代矢倉の主流となっている▲4六銀・3七桂型をテーマとして、矢倉穴熊、その対抗策である△9五歩(森内流)、近年登場した▲6五歩(宮田新手)の成否について詳しく解説していましたが、本書のテーマは矢倉のもう一つの山脈である加藤流です。

加藤流の概略

その名の通り、加藤一二三九段が得意としている戦型で、左の局面図から▲1六歩△8五歩▲2六歩(▲2六歩△8五歩▲1六歩の順もOK)と飛車先を突くのが、基本となります。

加藤流は「先手の攻め」という展開が約束されている▲4六銀・3七桂型とは異なり、攻めの理想形を築くまでに時間がかかるものの、相手の作戦に合わせて臨機応変に対応できる柔軟さと多様性が最大の売りとなっています。

プロ棋界における採用率は▲4六銀・3七桂型に比べて落ちるものの、著者である森内九段が2005年の名人戦(挑戦者:羽生四冠)、2007年の名人戦(挑戦者:郷田九段)など大一番で採用して勝負の流れを引き寄せるなど、トッププロに広く愛用されています。

全253ページの4章構成で、見開きに盤面図が4枚配置されています。また、章の合間には森内九段によるコラムも4本挿入。目次は以下の通りです。

  • プロローグ
  • 第1章 専守防衛型(△5三銀)
  • 第2章 棒銀戦法(△7三銀)
  • 第3章 一歩交換型(△7五歩)
  • 第4章 クイック一歩交換型
  • コラム(※ P71・96・207・226)
  • 巻末 「よく出る筋」索引

※…コラムの内容はテーマ図の補足が2本、森内九段が名人戦で採用した加藤流の将棋を解説したものが2本。いずれも盤面図が挿入されており、コラムというより講座の補足という感が強くなっています。

幅広い作戦が選択できます
第1章 専守防衛型より:図は▲3八飛まで
▲3八飛は3七の銀にヒモをつけることにより、▲1七桂→▲2五桂という活用も視野に入れた一手です。以下△2四銀(▲1七桂には△1五銀で歩をパックン)▲4六銀△4五歩▲3七銀△4四銀▲4八飛…と4筋を巡る攻防に突入します。

一歩交換型は右銀の動きがカギ
第3章 一歩交換型より:図は▲5八飛まで
▲5五歩と突き捨て△同歩に▲5八飛と中央からの動きをみせたところ。ゆっくりできない後手は△8六歩と突き早くも決戦となります。

対して@▲8六同歩は△8五歩▲同歩の継ぎ歩から△7三桂と活用されて、先手容易ならざる形勢に陥りますので、A▲8六同銀としますが、バッサリ△同角と切って落とし、▲同角に△8五銀から後手の攻めが続く展開となります。

プロローグから第1章の冒頭では、加藤流の基本図までの初手からの指し手、同戦法の特徴・魅力、▲4六銀・3七桂型との違い、第1〜4章の内容の「触り」として各テーマ図を紹介するなど、前巻の内容とリンクしながら本書で学ぶ内容をサラリと紹介しています。似たような形がいくつも登場する矢倉戦ですが、ポイントを簡潔に把握できる本書の導入部なら、あまり矢倉を指さない方でも「ちょっと勉強してみるか」となるのではないでしょうか。

本編の内容は浅川書房の棋書らしく、わかりやすい見出し&下部に【基本】【応用】のレベル表記、検討を終えた後に【結論】先手有利・難解などを明示、解説欄でカバーしきれない候補手の是非や手順は、別途★マークを付けて余白で解説、各章の最後に盤面図を交えながら、15行程度で大事なポイントを箇条書きでまとめる…etcなど、読み手に配慮した親切な構成になっています。

高段レベルの方も読者と想定している本格的な定跡書、例えば「東大将棋ブックス」などでは、先後に肩入れすることなく公平に解説、定跡の枝葉に至るまで手順を網羅して掲載しつつも、作戦の背景にある考え方などに触れていることは殆どありませんでした。しかし、本書ではその部分にも光を当てて解説がなされていますので、棋力的には少し背伸びが必要な方でも、十分読みこなせる内容となっています。

さらに、定跡書でありながら、著者である森内九段の大局観や主観が色濃く反映されているのも同シリーズの特徴で、『△8六歩には▲4六歩で受けきれるという評価もある。本当にそうなのだろうか。私はかなり怪しいと思っている。(P157)』、『私が実戦でこの局面を迎えたときは、(中略)、指した感触は先手まずまずと思っていた(P45)』といった本音にも触れることができます。

したがって、所司七段の「矢倉道場」シリーズや森下九段の矢倉本(下記参照)などとは結論が分かれるものがありますので、高段者の方はそのあたりの読み比べも面白いのではないでしょうか?

現代矢倉の思想」や「現代矢倉の闘い」が絶版となった現在、幅広い棋力の方を対象に矢倉の最新定跡とその面白さの両方を堪能できる棋書は本シリーズだけとなってしまいました。矢倉党の方はもちろん、矢倉のとっつきにくさがネックとなって居飛車を指すことに抵抗のある方にもオススメです。