金井恒太:対急戦矢倉必勝ガイド

若い頃の尾崎豊に似てる?
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評価:B
対象者:5級〜二段
発売日:2010年8月

相矢倉は好きだけれど、先手に追従する形で駒組みを進める後手番になった場合、主導権を握りにくいのが嫌だという方は少なくないでしょう。そんな攻め好きな居飛車党の方に長く愛用されているのが、後手番ながら攻めの主導権を握れる右四間飛車、米長矢倉、5筋交換型などの「急戦矢倉」です。

プロの公式戦では、「金銀の厚みで対抗されると、攻めを繋げるのが容易でない」、「仮に優勢で終盤を迎えても、玉が非常に薄いため、そこから勝ち切るのがまた大変」などの理由で、90年代半ば以降、一部の棋士を除いてはあまり採用されませんでした。

しかし、近年は若手棋士を中心に再評価の動きが高まり、渡辺−森内の竜王戦で森内竜王(当時)が米長矢倉、羽生−渡辺の竜王戦で渡辺竜王が5筋交換型をそれぞれ採用するなど、桧舞台の大一番でも再び登場までになりました。

本書はそんな急戦矢倉(右四間飛車・原始棒銀・米長矢倉・矢倉中飛車・5筋交換型の5つ)の駒組み、仕掛けのポイントを定跡にしたがって解説したものです。
著者は趣味はピアノ(演奏はコチラで聴けます)という新鋭・金井恒太五段。表紙写真はどことなく若い頃の尾崎豊と似ていませんか?

全222ページの5章構成で、見開きに盤面図を4枚配置しています。また各章の終わりには復習用の問題が4〜8問用意されています。目次は以下の通りです。

第1章 右四間飛車(中川流速攻・△3二銀型・△3二金型)
第2章 原始棒銀
第3章 米長流急戦矢倉(速攻型・本格型)
第4章 矢倉中飛車
第5章 5筋交換型

アマで採用率が一番高いのはこの形

第1章 右四間飛車 △3二銀型より:図は△7三桂まで
急戦矢倉の中でも最も玉が堅いため、思い切った攻めができる△3二銀型の右四間飛車。代表的な攻め筋は△6五歩▲同歩△8八角成▲同玉△3三角…ですが、上図から▲1六歩とした時に仕掛けを決行するか、▲1六歩に一旦△1四歩と受けて、▲4六銀と6筋を薄くなったところで決行するかがポイントの一つ。

会長が全盛期に連採

第3章 米長流急戦矢倉(速攻型)より:図は△7五歩まで
読んで字の如く、米長永世棋聖が発案し十八番にしていた米長流急戦矢倉。
上図で素直に▲7五同歩とするのは、△8六歩▲同歩△6六角▲同金△8六飛と、絵に描いたような十字飛車を喰らってしまいます。

ここでは▲2四歩△同歩▲2三歩と叩くのが、米長流に限らず対急戦矢倉で頻出する手筋です。▲2三歩に対して@△同金は▲2四角△3二玉▲4六角△2四歩…、A△4四角▲2四飛△7六歩▲4五桂…と進みます。

新手が登場し今後も注目される形

第5章 5筋交換型より:図は△7三角まで
トッププロが採用したことから最近脚光を浴びている5筋歩交換型。一歩持って△2二角とするのは後手が芳しくないため(本書でも詳しく解説)、△7三角と逆サイドに引いて、先手の攻撃陣を牽制する形で角を活用します。

図以下、▲4六角△6四銀▲7五歩△8四飛▲7四歩△同飛▲5六歩が定跡ですが、そこから△3一玉としたのが、第21期竜王戦の第6局(▲羽生名人−△渡辺竜王)で登場したいわゆる「渡辺新手」です。

冒頭で少し触れたように、プロ棋界では急戦矢倉の「冬の時代」が10年以上あり、定跡の進歩や新手の登場もなかったため、同戦法に特化した棋書が数えるほどしかなく、そのほとんどは既に絶版になっています。

最近では、羽生三冠の名著「変わりゆく現代将棋(2010年刊)」が、急戦矢倉をテーマにした本として記憶に新しいところですが、内容は1997〜2000年の「将棋世界」に連載された講座ですので、本当の意味での「新刊」は久々となります。

タイトルは「対急戦矢倉」となっていることから、先手番での視点を連想させますが、内容は先後の立場から公平に解説していますので、本格的な「定跡書」といっても差し支えありません。

大まかな流れとしては、基本図に至るまでのポイント→後手の急戦の代表的な狙い筋(=先手失敗例)→重要局面での有力候補手(最大3つ)を順に検討…という感じです。検討を切り上げるのはやや早めですので、難易度はそれほど高くありません。

5筋交換型を除けば、いずれの急戦矢倉も狙い筋がわかりやすく、直線的な手順が多く登場するだけに、先手は一度パンチを喰らってしまうとサンドバッグ状態になりかねません。特に中川流右四間は桂馬が攻めに参加していなくても攻めが成立するので、受ける方は本書でしっかりと対策しておきたいところ。

一方、後手で急戦矢倉を採用する側としては、本書を読んで戦法のバリエーションを広げるチャンスです。特に10代の方の場合、米長流急戦矢倉とか矢倉中飛車を全く知らないというケースもあるでしょう。

急戦矢倉の基本定跡を一通りカバーしつつ、5筋交換型の「渡辺新手」、米長流急戦矢倉の「森内新手」などの新手も交えてしっかりと解説しているのは本書だけですので、居飛車党の方は重宝するでしょう。