佐藤康光の矢倉

1億3手読む男
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評価:B
対象者:5級〜三段
発売日:2011年3月

"こっちは鰻(四間飛車)しか出さない鰻屋だからね。ファミレス(居飛車党)の鰻に負けるわけにはいかない。"という名言で将棋ファンを魅了した藤井九段ですが、近年は振り飛車だけではなく居飛車も積極的に指すようになりました。

"私の居飛車を見ても、銀座で屋台を引いて頑張っていると思って、暖かい気持ちで見守ってやってください。"とご本人は謙遜していますが、四間飛車の第一人者が居飛車に挑戦するという英断(?)は、他の振り飛車党にも影響を与え、鈴木八段も藤井九段を見て△8五飛戦法や矢倉を指すようになったと発言しておられます。

藤井九段と言えば、対左美濃・居飛車穴熊の「藤井システム」など、独自の思想に裏付けられた画期的な戦法が有名ですが、居飛車においても九段独自の思想がしっかりと受け継がれています。

その一つが本書のテーマの一つとなっている矢倉版藤井システム、いわゆる「藤井流早囲い矢倉」です。同戦法の特徴等は後ほど触れますが、藤井九段の新発想により、矢倉に「やや食傷気味(by 佐藤九段)」だったトップ棋士たちも再び矢倉に目を向けるようになってきています。

なんだか藤井九段が著者のような書き方になってしまいましたが、本書は「佐藤康光の将棋シリーズ」の第4弾です。

全222ページの4章構成で、講座→自戦記→講座→自戦記と読み進める形になっています。盤面図は見開きに4枚配置。目次は以下の通りです。

第1章 藤井流早囲い矢倉 講座編
第2章 実戦編(対中田・郷田・木村・森内・羽生の5局)
第3章 最新の森下システム 講座編
第4章 実戦編(対井上・深浦・三浦・行方の4局)
巻末 参考棋譜9局

藤井九段の工夫が随所に見られます

第1章 藤井流早囲い矢倉 講座編より:図は△8五歩まで
藤井流の特徴を簡単にまとめると、以下のようになります。

1.従来の早囲いは▲7九角から▲6八玉〜7八玉〜8八玉と一目散に玉を囲いに行きましたが、玉の態度を決めるのが早いため、後手に急戦矢倉のオプションを与えることになりました。

そこで、藤井流は▲2六歩〜3六歩、あるいは▲2六歩〜2五歩と玉の態度を決めずに様子を見て、後手に△3三銀〜3一角を決めさせて急戦の動きを封じてから、玉を囲いにいきます。

2.早めに▲3七銀と上がり、▲3五歩△同歩▲同角から▲3六銀の理想形を目指します。そして、この筋を消すために必要な△6四角を強要してから▲4六角とぶつけて、「脇システム」に近い形に誘導します。

3.玉の囲いは上図のように▲7八玉・6八金のいわゆる「片矢倉」のため、角交換後の打ち込みに非常に強い。さらに早囲い+片矢倉で手数を稼げるので、主導権を握りやすくなっています。

森下九段も認めた深浦九段の新手

第3章 最新の森下システム 講座編より:図は△9六同飛まで
一度は天敵であるスズメ刺しの前に姿を消すことになった森下システムですが、早めに中央から動き、上図から▲5三歩△同角(△同銀は▲9七香)▲5四香と5筋に拠点を作りにいく「深浦流」で、復活の狼煙を上げました。

藤井流早囲いの章は、類書がないだけに貴重で、早囲いの衰退・脇システムとの融合などに触れた導入部、本編の講座編、自戦記までの全てがお手本です。

先手は▲2九の桂馬が攻めに参加しない展開がほとんどですので、銀と飛車、そして交換した角だけで上手く攻めをつなげていくかをしっかりと学びたいところ。

一方、森下システムの章は、定跡の習得を目的にするならば、これ一冊では心もとないので、「矢倉道場 第5巻 森下システム」等の定跡書で勉強した後に、新しく登場した手順をアップデートする目的で読むのが正解だと思います。

藤井流早囲い矢倉は新しい戦法ですので、研究もそれほど進んでおらず、横歩取りや角換わり腰掛け銀などの「一見さんお断り」の戦法のように、知識の差だけで一発喰らうことはありません。

そういった意味では、最近矢倉を始めた方、あるいは「終盤の入り口近くまで前例のある将棋ばかりで新鮮さがない」などの理由で一度矢倉を離れた方でも、対戦相手と知識面でフラットの状態で戦えますので、オススメの戦法と言えます。

「佐藤康光の将棋シリーズ」は、自戦記のページが非常に多く、講座の内容がちょっと物足りないというのが僕の感想で、他の参考棋書がある戦法の場合は評価を下げ、本書のように類書がない戦法をテーマにしている場合は評価を上げています。

藤井流の矢倉をテーマにした本は2011年5月現在、本書しかありませんので、B評価としてみました。丸々一冊が藤井流ならもっとよかったと思いますが、そちらは本家・藤井九段の登場を待ちましょう。