阿久津主税の中盤感覚をみがこう

構成に工夫を凝らした一冊
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評価:B
対象者:8級〜初段
発売日:2010年12月

その爽やかなルックスと語り口が人気の阿久津七段が講師を務めた「NHK将棋講座(2010年4月〜9月)」。文字通り"目玉コーナー"となった「アッくんの目ヂカラ〜!」では、アシスタントの安食女流初段とともに、なんとも恥ずかしそうな表情でタイトルコールをしていたのが強く印象に残っています。

本書はその講座の内容を加筆・再構成して単行本化したものです。同期のライバルである橋本七段の講座「橋本崇載の勝利をつかむ受け」を製作スタッフが意識したのかどうかはわかりませんが、表紙の構図や配色も似ていますね。

「中盤感覚をみがこう」となっていますが、中盤における"定跡"の解説にスポットを当てて、それに付随する形で"考え方"や"感覚"にも触れているという感じですので、阿久津七段の「必ず役立つプロの常識」と同じ内容を期待していた方は、ちょっとイメージが違ったかもしれません。

全254ページの3章構成で、見開きに局面図を3〜4枚配置。各章の終わりには、番組の収録、イチローから学ぶプロ意識、渡辺竜王・橋本七段・佐藤(慎)四段ら3人の同期について、インタビュー形式のミニコラムが3本掲載されています。目次は以下の通りです。

第1章 対抗形・振り飛車の中盤感覚
(三間飛車・向かい飛車・相振り飛車から全10テーマ)
第2章 対抗形・居飛車の中盤感覚
(棒銀戦法・ゴキゲン中飛車対策・居飛車穴熊から全3テーマ)
第3章 相居飛車の中盤感覚
(矢倉・横歩取り・角換わりから全11テーマ)

第1章 対抗形・振り飛車の中盤感覚 より:図は△6四歩まで
先手は三間飛車から向かい飛車に振りなおして、8筋からの逆襲を狙っています。図の△6四歩は▲6五歩を牽制するだけではなく、別の狙いもあります。

上図から▲8六歩には、以下△同歩▲同飛△同飛▲同角△8ニ飛▲8七歩△8六飛▲同歩に△6五歩と突かれると、後手に角のラインを活かされるうえ、先手は飛車を二枚持っても後手陣にスキがないため、形勢は芳しくありません。

第1章 対抗形・振り飛車の中盤感覚 より:図は▲1八玉まで
振り飛車の端玉は珍しい形ですが、この陣形は対居飛車穴熊の秘策としてアマ強豪の楠本誠二氏が開発した楠本式石田流と呼ばれるもので、「真・石田伝説」でも登場しています。

上図は既に先手作戦勝ちで、以下△3ニ金右には▲7四歩と突き、@△同歩は▲9一角成〜▲9ニ馬〜7四馬を狙う、A△同飛は▲同飛△同歩に▲8三飛で桂得確定のうえ、▲8五桂からの香取り、▲9一角成から▲2八馬と引き付けるなど、楽しみが尽きません。

過去に何回か「NHK将棋講座の単行本は、ページを進めたり、戻ったりしないと文中で指定されている盤面図が見つからないなど、構成にやや難がある」と書いたのですが、本書では以下に挙げたようなさまざまな工夫がなされています。

1.各テーマの冒頭ではページを上・下段に分割する形で見開きに盤面図を6枚用意。まず、上段の3枚の盤面図でテーマとなっている戦型で目指すべき形、成功例、骨子となる一手を紹介。中段では「中盤感覚のPoint」と題して、上段で掲載された3つの盤面図における指し手の狙い筋や注意すべき点を5行程度で解説。
下段の盤面図では、上段とは逆に、好ましくない変化、失敗例を取り上げています。

2.本編となる講座では、▲〜△〜▲〜といった進行手順をページのあちこちに分散させないで、ページ右側上段に設けたグレーのゾーンに一括して掲載。

3.文中で指摘される盤面図は、同じ見開きのなかにありますので、イライラする必要はありません。また、テーマ図が2度、3度出てくる場合でも、その都度、「再掲テーマ図」として登場。

4.盤面図には、駒の動きや利きを示す矢印(→)を加えたり、注意すべきゾーン、ポイントとなる駒を枠線で囲ったり、塗りつぶしたりするなど、ビジュアル面からも理解を促す工夫がなされています。

5.各章の最後にある「中盤感覚プレイバック」コーナーで、その章で登場した重要局面を6つほど掲載。盤面図の上部には「P.106-A図」など、どのページに戻れば復習できるのかが、ひと目でわかるようになっています。

各章には、阿久津七段の公式戦を採りあげた「実戦編」が6〜12ページほどありますが、この内容こそ、中盤の"感覚"を学ぶに相応しい内容になっています。

例えば、対久保八段との相振り飛車の将棋では、「先手からは攻め筋がないうえ、後手は一歩を手持ちにしているので、仕掛けの権利は後手だけにある」→「すぐに仕掛けるのは成果は大きな得に繋がらない」→「更に得を重ねるため、△9ニ香から穴熊に組み替え、万全の状態を築いてから仕掛ける」→「穴熊に組み替えずに仕掛けた場合との対比」など、プロの感覚が理論的にまとめられています。

惜しむらくは、この実戦編が第1、2章では1局、第3章では2局と全部で3局分しかないことです。冒頭でもチラッと触れましたが、講座編の内容は、中級者を対象とした中盤の定跡解説書といった趣がつよいので、こっちの実戦編のページがもっとあっても良かったかなというのが、率直な感想です。

構成面では、これまで単行本化された「NHK将棋講座」のシリーズで一番意欲的な工夫をしていますので、テレビ放送とテキストが役に立ったという方なら、十分に満足できる内容でしょう。テーマとなっている戦法が幅広いので、居飛車、振り飛車党を問わずに読めるのも吉。