佐藤康光の力戦振り飛車

講座編よりも自戦記が多いのが残念
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評価:C
対象者:5級〜四段
発売日:2010年1月

角換わり腰掛銀の研究量は棋界随一と称され、対局当日の早朝にVS方式の研究会に参加したという逸話を持つ中川八段が、横歩取りから△3四金と上がるなど誰にも真似できない力戦派の棋風になったことにも驚かされましたが、近年その棋風が大きく豹変したのはなんといっても佐藤康光九段でしょう。

対羽生戦で見せた序盤の△1二飛→△2二銀や△4二飛→△4三飛→△2三飛のいわゆる「モノレール飛車」をはじめ、その独創的な構想力は他の棋士の追随を許しません。「未開の地に新たな将棋を作りあげる」という強烈な意志がヒシヒシと今日、佐藤九段が「現代の升田幸三」と評されているのも納得です。

本書はそんな佐藤九段が得意とされている「力戦振り飛車」、具体的には▲7六歩△8四歩▲1六歩△3四歩▲1五歩のオープニングで始まる「1筋位取り力戦振り飛車」と角道を開けたまま▲8八飛として穴熊に潜る「力戦向かい飛車穴熊」を解説している一冊です。

なお佐藤九段はご自身の将棋を「力戦派」と言われることに抵抗があるようで、そういった趣旨の発言をこれまでにもされてきましたが、本書でも「自分なりにしっかりと論理立てて指している意識があるからだ・・・(中略)…”力の入った戦い”の跡ということで納得することにする」と書いておられます。

全222ページの4章構成で、見開きに盤面図が4枚配置されています。それぞれの戦型は「講座編」と自戦記形式の「実戦編」に分けて見て行きます。目次は以下の通りです。

第1章 1筋位取り振り飛車 講座編
(本戦法の狙い・8筋交換対▲7五角急戦型・ダイレクト向かい飛車)
第2章 1筋位取り振り飛車 実戦編
(対森内・郷田×2・中原・三浦の計5局)
第3章 力戦向かい飛車穴熊 講座編
(本戦法の狙い・対居飛車穴熊・対居飛車穴熊銀冠)
第4章 力戦向かい飛車穴熊 実戦編
(対日浦・阿部・羽生の計3局)
巻末 参考棋譜8局分を掲載

乱戦調の将棋が好きな方にオススメの戦法

第1章 1筋位取り振り飛車 講座編より:図は△8六同飛まで
図から▲7五角△8二飛▲5三角成△9五角▲7七桂△8八飛成▲同飛△7七角成▲6八飛と激しい戦いに突入します。▲7七桂に対しては△8八飛成のほか、△8七歩や△5六歩もあります。

袖飛車は振り穴の常套手段です

第3章 力戦向かい飛車穴熊 講座編より:図は△1一玉まで
ここでは▲3五歩△同歩に▲3八飛と袖飛車にして角頭に狙いをつけるのが振り飛車穴熊の常套手段です。以下△2二銀▲3五銀△3二金にじっと▲5九金〜4九金左と自陣を固めるのが好手順です。

前半のテーマである「1筋位取り力戦中飛車」は、端の位を取れたなら一手損して角交換したとしても、持久戦に落ち着けさえすれば1筋の位が必ず生きてくるという実にシブ〜イ狙いです。

対して居飛車は「じっくりと駒組みを進める」と「△8六歩から飛車先交換を狙う」の選択肢がありますが、後者の場合は横歩取りを髣髴とさせるアクロバティックな手順が盤面に現れる激しい将棋になります。

本書では持久戦調になったときの戦い方よりも、この急戦調の手順の解説に重きが置かれています。したがって、講座編では1筋の位を取って持久戦模様になったときの作戦勝ちのイメージが掴めないため、「こんな激しい手順を覚悟するほどのメリットはあるのだろうか?」と思う読者の方もいるかもしれません。

後半のテーマである「力戦向かい飛車穴熊」は常に角筋が敵陣を睨んでいるのが大きなメリットです。従来の振り飛車と違い角道を通すための▲6六歩〜6五歩の2手を省略できるため、居飛車穴熊に対して▲3六歩〜▲4六銀〜▲3八飛からの速攻を仕掛けることができます。

また、居飛車から△7七角成と角交換してきた場合には▲同銀として、機を見て▲8六歩△同歩▲同銀と8筋を逆襲する筋も狙いとなります。

講座編の解説はわかりやすいものの、開拓が進んでいない分野ということもあってか、講座編のボリュームが少ないのが難点です。例えば「1筋位取り力戦中飛車」は講座が30ページに対して自戦記が70ページ、「力戦向かい飛車穴熊」は講座が15ページに対して自戦記が36ページといった具合です。

「佐藤康光の将棋シリーズ」として、本書以降もテーマとなる戦型を替えて刊行されるとのことですが、講座編のページが充実していないと、その戦法を指したくても指針にならないケースも出てきそうで少し心配です。

本書でテーマとなっている戦法を含めて、角道オープン型の振り飛車を勉強したい方は鈴木八段の「角交換振り飛車」の方がいいかもしれません。

なお、シリーズ第二弾は「佐藤康光の石田流破り」となっていますが、構成は同じですので、本書のスタイルが合わない方はスルーしたほうが賢明でしょう。