泉正樹:野獣流攻める矢倉

矢倉でとにかく先攻したい方にオススメ
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評価:B
対象者:8級〜初段
発売日:2008年10月

ワイルドなタイトルといい、野性味溢れる表紙といい、なんだか作家・大藪春彦(故人)さんの「野獣〜」シリーズのような感じがしますが、本書は「ガオー!」の雄叫びで有名な"野獣猛進"こと泉七段による矢倉戦法における攻め方の指南書です。

泉七段の文章は「将棋世界」、「将棋マガジン(廃刊)」、「近代将棋(廃刊)」などの連載講座でなじみのある方も多いと思いますが、とにかくユニークで、女性に関する話題では『恋は一種のゲーム。将棋と同様に押したり引いたり相手に歩調を合わせる柔軟な大局観が必要。(中略)私の場合、二十代前半では、角交換からいきなり王手する奇襲が常套手段だった。(将棋世界 1994年4月号より)』とか、武○野六段がウ×コした後のトイレの臭いで失神しそうになったとか、酔っ払って○符を買わずに改×を通り抜けて駅員ともめた話とか、脱線の具合が半端じゃありません。

でも、このストーリに上手く講座の内容を絡めたり、難しい手順もゴルフのアプローチに例えたり、会話風の軽いタッチの文章を使ったりと工夫がされているので、肝心の将棋の部分もグイグイと引き込まれるように読んでしまうんですよね。

本書のテーマとなっているのは、ひたすらパンチを浴びせ続ける「攻めの矢倉」。急戦矢倉、先後同型、スズメ刺しなどの7つのテーマにおいて、どのように攻めればよいのかを解説していきます。

全222ページの2部構成で、見開きに盤面図が4枚配置されています。ところどころに愛犬「エル」に関する泉七段のエッセイが挿入されています。僕としては、奥さん(美人女医)のことも少し知りたかったんですけどねぇ(笑)

第1部 ジェットコースター矢倉
急戦矢倉、3七銀戦法、先後同型矢倉、スズメ刺し戦法

第2部 矢倉アドベンチャー
ウソ矢倉、本格的相矢倉、角にらみ合い型

ここでの仕掛けは意表を突きます
第1部 先後同型矢倉より 図は△2二玉まで

攻めの体勢としては未完成と言えるこの局面で、いきなり▲2四歩と仕掛けるのが機敏。△同歩は▲3六銀△7四銀▲2五歩△同歩▲3七桂で攻めに勢いがつきます。△同歩に代えて△同銀には、今度は薄くなった4筋に狙いを変えて▲4八飛が後続手となります。△7四銀なら、▲4五歩△同歩▲4六歩(△同歩なら▲同角△9二飛▲3六銀〜▲3七桂でド作戦勝ち)を狙います。

角道を生かして攻めます
第2部 ウソ矢倉より 図は△2二玉まで

後手が△2二玉と入城したところですが、これは悪手(角のラインに入るのは危険です)で、ここでは△7四歩あたりが無難でした。チャンス到来とばかりに、先手は早速仕掛けます。▲4五歩△同歩▲2四歩△同歩▲3五歩△同歩▲2五歩が軽快な攻め。最終手に△同歩は▲同桂△4四銀▲3三桂成(開き王手)でゲームオーバー。代わって△3一玉や△1二玉も▲2四歩△2二歩と屈服させて先手よしです。

攻める矢倉と言えば、矢倉中飛車や塚田九段が連採した△6二飛戦法、現在でも人気の高い右四間飛車など後手番で先攻する戦型をイメージする方が多いと思います。実際、泉七段が専門誌「将棋世界」に連載(1994年)していた「必殺急戦矢倉」ではこれらの後手番での戦法がテーマとなっていました。しかし、本書はこれらの戦法は登場せず、全て先手番での戦法を見ていきます。

ピックアップされている局面やそこに至るまでの手順、相手(後手)の刺し手に緩いところや疑問点がありますが、本書は定跡書ではなく、どんな攻めパターンがあって、どうやって仕掛けて、どのように攻めをつなげるかをイメージとして掴むための本ですので、その辺はあまり気にしなくていいでしょう。

具体的には、読み進めていくうちに「ああ、矢倉ってこういうときに2筋と3筋の突き捨てを入れるんだなぁ」とかを感覚的に掴みと取れればいいと思います。矢倉だと銀桂の攻めをスピードアップさせるために先に歩を2、3箇所突き捨てるというのは頻出なんですよね。こういうのは本で紹介されている局面と違っていても応用が利く普遍的なものですから、繰り返し読んで吸収できれば役に立つでしょう。

文章は泉七段らしく軽快なタッチも、スペースの問題かそれとも編集方針なのかわかりませんが、脱線気味の話は全くありませんので、泉節を期待されている方にはちょっと残念かも。それと、盤面図○から盤面図×に映るときに、間に参考図A・B・Cの3枚が挿入され、ページをめくらないと局面がつながらない箇所が多く、レイアウト的にやや難があります。

あと気になったのは米長永世棋聖が今でも現役棋士であるかのような文章が見られるので、ひょっとしたらどこか昔に連載されていた企画をつなぎ合わせたのかなと思ったことです。そうだとすると、現在主流となっている飛車先不突矢倉が本書に全く登場しないことに合点がいくんですが…

矢倉を指し始めたけど、攻め方(飛車角銀桂の使い方)がわからない、攻めの醍醐味を味わいたい(MよりSに目覚めたい!)方は、読んで置いて損はないでしょう。

矢倉を定跡から学びたい方は、森下九段の「現代矢倉の思想」、「現代矢倉の闘い」、後手番急戦の定跡は「矢倉急戦道場(棒銀と右四間)」「康光流現代矢倉 Vol.3 急戦(米長流急戦矢倉と△6二飛戦法)」「羽生の頭脳 5巻(△6ニ飛戦法)」などが参考になります。