羽生善治:決断力

NHK「プロフェッショナル・仕事の流儀」が大反響
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評価:A
対象者:特に社会人の方
発売日:2005年7月

近年は「将棋」という枠を超えて、ビジネスマン向け雑誌(ex:プレジデント)や女性誌などにも登場し、その勝負師としての哲学や人間観で多くの人を魅了している羽生さんの最新著書です。

勝負の流れ、集中力、情報化社会における「捨てる」技術、才能などのテーマについて、羽生さんが自分自身の言葉で率直に語っておられます。

どちらかというとビジネスマンを意識した内容となっていますが、勝負の世界をなんでもかんでもビジネスにこじつけようとするありがちな書籍(スポーツ関係にこの類の本が非常に多い)と違い、押し付けがましいところもなくスラスラと読めます。

まっさらの状態の原稿用紙に羽生さんが全てを書き下ろしたわけではないと思うので、構成をまとめたライターさんもいい仕事をしていると言えるでしょう。

全201ページの文庫サイズ、目次は以下のとおりになっています。

第1章 勝機は誰にもある
勝負の土壇場では、精神力が勝敗を分ける / 勝負どころではごちゃごちゃ考えるな / 単純に、簡単に考えろ!ほか

第2章 直感の七割は正しい
プロの棋士でも、十手先の局面を想定することはできない / データや前例に頼ると、自分の力で必死に閃こうとしなくなるほか

第3章 勝負に生かす「集中力」
深い集中力は、海に深く潜るステップと同じように得られる / 集中力を発揮するには、頭の中に空白の時間をつくることも必要であるほか

第4章 「選ぶ」情報、「捨てる」情報
パソコンで勉強したからといって、将棋は強くなれない / 最先端の将棋を避けると、勝負から逃げることになってしまうほか

第5章 才能とは、継続できる情熱である
才能とは、同じ情熱、気力、モチベーションを持続することである / 子どもは「できた!」という喜びが、次の目標へのエネルギー源になるほか

集中力と才能に関する章では、NHKで放送されて反響を呼んでアンコール放送もされた「プロフェッショナル・仕事の流儀」と同じ考え方を述べられています。

あんまり、ビジネス関連の話を書いてもしょうがないので、将棋そのものの話で面白かったのが、『大山先生は相手に手を渡すのが上手で、意図的に複雑な局面を作り出して相手の致命的なミスを誘導してしまうのが得意であった。自分の力ではなく相手の力も利用して技をかける、だから強かった。』という部分。将棋の難しさをそのまま相手に預けるって感じですかね。これは机上の計算によるものではなく、たくさんの失敗と成功をしてきた培った自分を信じる力がないと出来ないことですよね。

また、『たとえ升田先生であっても、先生が現代に姿を現し、今のプロ棋士と対戦したなら、それが初めての対戦ということであれば、残念ながら戦いにはならない。力を全く発揮できずに一瞬で勝負がついてしまうだろう。』、『将棋は伝統文化でもあるので、かつては、将棋は人間の総合力を終結した、道に近いという考えが主流であった。しかし、将棋は厳然と勝ち負けの結果が出る。「道」や「芸」の世界に走ると言い逃れが出来る。だが、それは甘えだ。』と第一人者として、貫禄のある文章もちらほら見られます。

後半の引用部分は、私はあまり賛同しませんが、はっきりと自分の考えを述べているのは立派だと思いました。

若くして頂点を極め、現状には満足せず(したら終わりと述べらています)に、挑戦者の立場として前進を続ける羽生さんの哲学に触れられる好著です。是非一度読んでみて、将棋を知らない人にも見せてあげてください。

なお、本書は先に出版された谷川九段の「集中力」と非常に似たような内容になっています。一流の人間の考え方には普遍性があるということですね。