羽生善治:変わりゆく現代将棋 下巻

エッセイと梅田望夫氏との対談も収録
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評価:A
対象者:有段者〜プロ棋士
発売日:2010年4月

▲7六歩△8四歩▲6八銀△3四歩▲7七銀のオープニングから、羽生三冠の研究・考察をたっぷりと交えながら現代矢倉の進化の過程をまとめた「変わりゆく現代将棋 上巻」。続編となる下巻では、@▲7六歩△8四歩▲6八銀△3四歩▲6六歩以下の変化(急戦棒銀、△右四間飛車、陽動振り飛車、5筋交換)、A▲7六歩△8四歩▲7八金△3二金▲6八銀のオープニングがテーマとなっています。

ページ上段のチャート図をベースに解説を進めるという構成は前巻と同様ですが、「将棋世界」に連載されていた講座内容は全体の2/3で完結し、その後は「矢倉、その進化の歴史」と題して、連載終了後から今日までの将棋を含め、様々な創意工夫を積み重ねて進化した矢倉の歴史を実戦例を挙げながら見て行きます。

そして、その中でも矢倉史においてターニングポイントとなった20局(藤井九段の会心譜も登場)を全棋譜と羽生三冠の解説で振り返ります。

締めは羽生三冠をはじめ佐藤九段・森内九段などのトップ棋士との交流があり、ウェブ観戦記でも有名な梅田望夫氏(経営コンサルタント)と対談です。対談では、異色を放っていた同連載をはじめたきっかけ、その後の将棋に与えた影響など「現代将棋」一本に話題を絞って話を進めておられます。

▲7六歩△8四歩▲6八銀△3四歩▲6六歩の考察
第1章 急戦棒銀(▲金2枚で対抗、▲角・金で対抗、玉を囲い合う変化)
第2章 右四間飛車(△攻撃型右四間T・U、△守備型右四間T・U)
第3章 陽動振り飛車(△陽動向かい飛車、△陽動三間飛車、△陽動四間飛車)
第4章 5筋交換型(5筋交換に▲2五歩、▲7九角)

▲7六歩△8四歩▲7八金△3二金▲6八銀の考察
(△角道を止める変化、△積極棒銀、角換わりに推移)

エッセイ「矢倉、その進化の歴史」
棋譜ファイル「矢倉史を彩るこの一局」
対談:羽生善治×梅田望夫「現代将棋と歩んだ10年」

カニ囲いより玉が堅いのが長所

第2章 右四間飛車より:図は△3一玉まで

△4四銀型なら石田流へ

第3章 陽動振り飛車(三間飛車)より:図は△3三角まで

矢倉のオープニングから△陽動振り飛車に変化した場合の居飛車穴熊 vs 美濃囲いの攻防、角変わりの可能性も秘めた3手目▲7八金の考察など、上巻に比べると「タテ」に掘り下げるだけでなく、他の戦型とのリンク、つまり「ヨコ」の繋がりも意識した内容になっています。

上巻の△5筋交換型急戦、下巻の右四間飛車を除けば、テーマとなっている急戦調の将棋を新聞やテレビ棋戦などで見る機会は決して多くないと思います。

しかしながら、@▲7六歩△8四歩▲6八銀△3四歩▲7七銀、A@▲7六歩△8四歩▲6八銀△3四歩▲6六歩、B▲7六歩△8四歩▲7八金△3二金▲6八銀のオープニングで始まる将棋は、盤上に急戦型が表れることがなくても、トッププロの頭脳にはそれらの膨大な変化が蓄積され、常に読みの一端を支えているはずです。

そういった点を考えると、タイトル戦における相矢倉の何気ない序盤で両対局者が10分、20分と考慮時間を消費しているのは、「気を整える」「集中力を高める」ためだけでなく、水面下で本シリーズで掘り下げた急戦型の変化を巡って様々な駆け引きが行われている、という側面もあるのではないでしょうか?

「対談」で梅田氏が『序盤の長考の中身をどう表現するか、手の選択のリアリティをどこまで徹底的に表現するか、という2点で大変な達成を果たした。』と述べられていますが、まさに正鵠を射たり!と感心しました。

「棋譜ファイル」は谷川、森内、佐藤、渡辺、米長(敬称略)をはじめとする矢倉の大家の将棋から、矢倉戦に新しい息吹を吹き込むことになったアイデアがわかりやすく解説されており、非常に貴重な章といえるでしょう。

連載時の講座に加えて、これらのバラエティに富んだ内容を収録した下巻の方が現代矢倉のエッセンスがより詰まっているので、どちらか一冊を手にとって中身を確認してみたいとお考えの方は、本屋さんでまずこの下巻を立ち読みされると良いでしょう。