森内俊之:矢倉の急所―4六銀・3七桂型

有段者にとっては最高の羅針盤
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評価:S
対象者:5級〜六段
発売日:2008年12月

プロの公式戦で現れた矢倉▲3七銀戦法の変化を全て網羅しようと試みた森内九段の渾身の一冊「矢倉3七銀分析(上巻)」が出版されて早10年。「肝心の下巻はいつ出るのか?」とヤキモキした矢倉党の方も多かったと思いますが、ようやく下巻の位置づけとして出版されたのが本書です。出版社がマイコミから浅川書房に変わっているのは大人の事情でしょうか・・・

前巻は指し手の有利・不利を「±(先手優勢)」で表記したり、変化手順の合間に参考図を随所に挿入するなど非常に分かりやすい構成になっていましたが、アマ高段者以上を対象とした内容でしたので、普通の有段者の方が読んでもその形の急所・ポイントが何処なのかわかりにくいところもありました。

そこで本書では▲3七銀戦法の2大作戦の一つである「▲4六銀・3七桂型」に絞り、攻防を巡って登場した先手・後手の新手や工夫、そして急所となる局面をピックアップしてわかりやすく解説しています。なおもう一つの作戦である「加藤流」は本書の続編となる「矢倉の急所 Vol.2」のテーマとなっています。

全222ページの5章構成で、盤面図は見開きに4〜5枚配置されています。また森内九段の実戦を元にした盤面図入りのコラムも計3ページ登場。目次は以下のようになっています。

  • 第1章 攻撃術−基本講義
  • 第2章 反撃術−基本講義
  • 第3章 攻撃術(U)−宮田新手
  • 第4章 攻防術−最新講義
  • 第5章 構想術−駒組と作戦

本書では▲4六銀・3七桂型に大きな変化を与えた△4五歩の登場前後から講義がスタートします。簡単に内容をまとめると以下のようになります。

この変化は後手有利
第1章 攻撃術−基本講義より:図は△4五歩まで

@:以前は▲2五桂の桂跳ねに対しては△9五歩としていましたが、それには5→1→3筋の歩を突き捨てて(順番が大切)から▲3五銀のぶつけで、端の絡みなどもあり「△9五歩は▲5五歩で先手優勢」となります。

A:そこで登場したのが▲2五桂に△4五歩と反発する手(上図参照)です。
以下、後手は馬を作っても▲4六角の合わせで直ぐに消されてしまうのですが、再度△5九角と打つのがうるさい攻め。結局再度馬を作られるため「すぐに▲2五桂と跳ねるのは△4五歩で後手よし

B:いきなり▲2五桂ではなく矢倉穴熊の堅陣にすれば、多少の無理攻めも大丈夫ではないか?という思想のもと、▲9八香から穴熊にしてガンガン攻めると玉の「堅さ」だけでなく「遠さ」も生きて「先手優勢」となります。

C:矢倉穴熊の攻略には端攻めがポイント。しかし、△8五歩型だと後手の8一の桂馬の2段跳ねができない。そこで△8五歩を保留して△9五歩(いわゆる森内流)→△9三桂→△8五桂の端に照準を合わせた体制を整える。「穴熊にすると後手優勢」・「穴熊放棄で▲2五桂も後手優勢

D:△9五歩型の対策として▲6五歩のいわゆる「宮田新手」が登場。△9三桂を跳ねると▲6六銀→▲7五歩から後手の角と桂をいじめる手段が発生する。
△6四歩の反発には▲同歩で一歩が手に入り、先手に有効な攻め筋が生まれるので「△9五歩型の森内流には▲6五歩の宮田新手で先手よし

E:▲6五歩に△9三桂が跳ねにくいとなると△8五歩を保留している意味合いは薄い。そこで従来どおり△8五歩と突くと、先手は堂々と▲2五桂と跳ねて、後手は△4二銀と固めることになる。【先手ペースの変化が多い

F:宮田新手の優秀さを認めて、後手はさらに遡って△9五歩型の見直しを行い、△8五歩型に原点回帰する。【△8五桂からの端攻めがないので穴熊を巡っての戦いとなる】
※Fの部分は当時の最新形のものですので、未解決の部分が多いとしながらも森内九段は自身の研究も交えながら明快に語っています。

現代矢倉を作り上げてきた約20年の定跡(@〜Fまで)を「点」ではなく「一本の線」として捉えることができるのが大きな特徴です。「ああして、こうして、こうなったから、こう指すんだよな」と理論づけできるので、定跡手順の浸透度が違います。

各ページの下には【基本】【応用】の難易度が明記されており、▲3七銀戦法の入門者の方は掲載されている変化が最重要の基本事項なのかどうかがひと目で分かるようになっています。

またテーマ図から候補手が複数ある場合でも、変化手順を解説した後の結果図に【結論 先手有利】・【結論 先手押し気味】・【結論 難解】などが明記されているため、反復して読むときに要点を整理しやすいです。

さらに変化手順や解説の手の横にも★印を付けて、書ききれなかった部分を余白において補足するなど、読者に分かりやすい構成を心がけながらも、妥協を許さない森内九段の真摯な姿勢が垣間見れます。

数ある矢倉の棋書の中でも出色の出来。すぐに絶版になることはないと思うので、棋力がまだまだと思っている方も矢倉党ならいずれは読んで欲しい一冊です。

近年登場した新手を巡る攻防の変遷を整理したい方は勝又六段「最新戦法の話」の第2講「矢倉の話」と合わせて読めば、矢倉という大海を乗り切るうえでの頼もしい「羅針盤」となることでしょう。