森内俊之:矢倉3七銀分析 上巻

1つの戦法をこれだけ詳しく解説した棋書も珍しい
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評価:A
対象者:高段者〜プロ級
発売日:1999年2月

森内名人が、趣味であるチェスの体系化されたオープニングシステム(序盤戦術)に感銘を受け、『自分でもそのような専門技術書を書いてみたい(前書きより)』として作り上げた、矢倉▲3七銀戦法の研究書です。

現代矢倉の主流であり、常に進化を続ける同戦法のあらゆる変化を網羅して体系化しようという野心に満ちた作品ですが、「上巻」が出版されて10年近く経っても下巻が出てないということは、ひょっとして森内さん、上巻で燃え尽きちゃった?
(続編となる矢倉の急所 ▲4六銀・3七桂型がようやく出版されました。)

全222ページ(+参考棋譜+チャート図)の5章構成で、見開きに盤面図が8枚(!)も配置されています。

第1章 △7五歩早仕掛け編
第2章 △4三金右編
第3章 △8五歩編
第4章 脇システム編
第5章 急戦・▲6五歩編

第3章 △8五歩編より:図は△6四角まで
上図で▲3四歩と取り込まずに▲1八飛とする将棋もプロの公式戦で現れていますが、その後すぐに▲3四歩と取り込んでいる将棋が多く、同じ形になります。
ただし、▲3四歩と取り込んでいない形を生かすなら、▲1八飛以下、△5三銀▲6五歩△7三角▲6六銀とする順が考えられます。

まず驚くのはその盤面図の多さで、全編にわたって見開きに8枚というのは僕が知る限りでは本書を含めて数冊だけです。本筋を追っていく「基本図」が100番の時点で、次善手や他の候補手を解説した「参考図」が134番ですからね(笑)

解説の量も半端ではないですが、解説の前には「薄居玉型は大変」、「右銀に難あり」、「後手に新構想」といったような太字の見出しがついていますし、1つの局面の解説と次の局面の開設の間のスペースが比較的ゆったりと取ってあるので、「東大将棋ブックス」シリーズのような窮屈感はありません。

また、ターニングポイントとなった手や新手などが現れた実戦例は、「▲阿部−△丸山戦では△8六飛〜と進展しているが先手ペースといえそうだ(参考棋譜7)。」のように対局者を明記し後に、章末に掲載されている棋譜の番号が付記されているので、気になった将棋を並べる際に調べやすいようになっています。

MYCOMの紹介には『若きA級八段が一切の情緒を排し…』とありますが、実際は『切れ味のあまりの鋭さに、忘れられない将棋だ。』、『心理的に癪なところでもある。』、『気分的に嫌だ』といった表現がポツリポツリと出てきて、そのギャップが面白いです。

ただ基本図に至る35手くらいの手順は棋譜のみで解説はありませんので、森下九段の「現代矢倉の思想」などで、矢倉の基礎をしっかりと固めた上で本書に挑みましょう。

巻末には本書で解説した主な手順をチャート図としてまとめていますが、38ページ(!)もあります。盤面図も各ページに3枚、そして指し手の横には有利・不利が一目でわかるように「±(先手優勢)」、「形勢不明(記号が変換できませんでした)」などのマーキングが付記されています。

参考棋譜として掲載されているプロの実戦譜も100局を超えており、まさに▲3七銀戦法を極めるに相応しい出来となっています。

後年発売される「東大将棋ブックス 矢倉道場」シリーズや前述の「現代矢倉の思想」ではではカバーされていない部分(第1章 △7五歩早仕掛けなど)もしっかりと解説されていますので、現在でも十分参考になる一冊です。