大逆転!―させる技、させないテクニック

コンセプトはいいがイマイチ具現化しきれていない
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評価:C
対象者:有段者
発売日:1996年4月

野球で九回の裏・2アウトランナー無しから10点得点、あるいはサッカーでロスタイム3分で4得点を奪うことはまずありませんが、こと将棋においては終盤の一手で20:80の形勢からでも一発で逆転することができます。

これこそが将棋の醍醐味と言えますが、米長永世棋聖がよく仰られるように、「逆転されるほうにとってみれば、これほど頭に来るゲームは無い」ですよね。ネットの将棋道場(倶楽部24やヤフー将棋)でも、逆転負けを喰らって血が上ったまま、黒星を重ねた経験は誰でもあるはずです(笑)

本書はそんな終盤での「逆転するためのテクニック」、あるいは「逆転させないためのテクニック」をプロの将棋を題材にしてまとめたものです。

なお、対局者名は『煩雑さを避けるために省略させて頂いた(はしがきより)』となっているのが残念です。現在でも語り草になっている棋聖戦の挑戦者決定戦の屋敷−塚田の大トン死のように、有名なものはすぐにわかりましたが…。

全223ページの6章構成で、見開きに盤面図が4枚配置されています。目次は以下の通りです。

第1章 相手の選択肢を増やしミスを誘う(6局)
第2章 嫌味を付けるのが逆転の第一歩(5局)
第3章 ギリギリの決め方を要求する(7局)
第4章 「必勝」でも勝ちは一つと心する(7局)
第5章 勝ち急ぎは大敵(7局)
第6章 有利なときは単純に(8局)

自らは決して崩れない構え

第3章 ギリギリの決め方を要求するより:図は△5六金まで
駒の損得、働き、玉形のいずれも後手良しの局面ですが、▲5三歩△同角の手筋を決めてから、▲7五銀が自分からは決し崩れない粘りある指し回しです。

▲7五銀以下、△6七金▲9六歩△7八金▲9七玉△8九金▲5七銀…と上部を厚くして入玉を含みにして指したのが逆転への一歩となりました。

どの章も冒頭に「逆転へのアドバイス」というコーナーがあり、具体的には以下のようなことが書かれています。

『逆転の可能性を大きくする方法として有力なのが、相手の選択肢を増やすという手段だ。例えば大駒や香車を利かせて相手に合駒の種類や位置を決めさせて、その応手によって指し手を代えるなどだ。また応手のいくつかある地点を叩いてみるというのもある。』(第1章より)

そして「敵の急所は味方の急所」「不利なときは戦線拡大」「決めに来させてうっちゃる」などのミニテーマに基づいて、プロの実戦に現れた終盤の難所を解説します。

コンセプトは良いと思うのですが、「テクニック」と呼べるところまでは具現化しきれていません。特に後半の章では、垂れ歩を打ったために歩の合駒が利かずにトン死した、銀の成・不成の差で詰んでしまった、理想的に捌けすぎて心に油断が生じたかもしれない…とか、「それはわかったけど、自分の終盤にどう応用すればいいの?」と思いたくなる将棋が度々登場しています。

また、クライマックスから終局へと向かう手順を15〜20手近く一気に掲載しているものの、「投了図省略」となっている将棋も多く、構成上の難点も残念です。本書のテーマで投了図を省略するって…意図がわかりません。

逆転のテクニック云々には拘らず、純粋にプロ将棋の観戦記として本書を捉えて、「形を決めるだけ決めて自陣に手を戻すタイミング」や「キャンセル待ちの仕方」、「端での嫌味の付けかた」など、終盤における指し手の呼吸・流れといったものを吸収するつもりで読んだ方がためになるでしょう。

直線的ではなく、プロならではの曲線的な攻防が随所に登場していますので、はじめからそういう意図で読むならB評価以上でもいいと思います。数年前の「将棋世界」で連載されていた「終盤のメカニズム(宮田敦)」や「渡辺明の研究ファイル」などの中・終盤に特化したコーナーが好きだった方には本書はピッタリのはず。