阿部隆の大局観 良い手悪い手普通の手

NHK将棋講座の内容の書籍化です
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評価:A
対象者:5級〜三段
発売日:2005年10月

2002年の第15期竜王戦で羽生竜王を後一歩まで追い詰め(4-3・1千日手で惜敗)、その名を上げた阿部八段が講師を務めた「NHK将棋講座(2004年4月〜9月)」のテキストを加筆し修正したものです。

本書は定跡書ではなく「大局観」の会得が主眼となっています。我々アマチュアに人気のある戦法の頻出図をテーマに、形成をどう考え、どの手をどういう判断基準で選ぶかが、解説されています。

全239ページで見開きに局面図が3〜4枚の八章構成となっており、とりあげられている戦形は以下の通りです。

第一章 急戦棒銀対四間飛車
第二章 急戦棒銀対三間飛車
第三章 矢倉3七銀戦法
第四章 矢倉脇システム
第五章 銀冠対振り飛車穴熊
第六章 居飛車穴熊対四間飛車
第七章 横歩取り中座飛車

第五章 銀冠対振り飛車穴熊より:図は△6二飛車まで

各章とも基本編と応用編の二部構成となっており、それぞれのテーマ図を掲載して、その局面から目指すべき理想形、どの駒を働かせればよいのかを触れた後に、三択(A・B・C)で出される候補手をひとつひとつ手順を追って解説していきます。

良い手・悪い手の他に「普通の手」があるのが曲者で、ここの違いを考えなければならないので、読みがいがあります。

上の図ではA:▲2四歩△同歩▲3七桂 B:▲2四歩△同歩▲3五歩 C:▲8五歩が候補手です。阿部八段曰く「銀冠は手厚さが命です。右辺は軽く捌くことを心がけ、玉頭方面を重視してください」。となると、正解手は…

また随所に「ポイント」としてその戦形における阿部流の考え方が散りばめられています。同じく上図の対四間穴熊における銀冠では「▲9六歩の一手を後回しに、▲6七金右と中央を手厚く構えるのが阿部流で、相手の早い動きにも対応できる。すんなり△4四銀を許さないためにも必ず▲6五歩と反発する。▲4八飛と守勢を強いられる展開は作戦負けと心得る。」といった具合です。

阿部八段って対局に負けたときの感想戦で「こんな腐った手にやられるとは…」「こんなん将棋の手やない(大阪弁)」とかいうイメージが強く、雑誌「将棋世界」で関浩六段にも苦言を呈されていたので、文章の本はどうなんだろうか?と思っていたのですが、実に丁寧な語り口です。「〜ですね。」調の文章を見つけると、逆にイメージが崩れるんですが(笑)

本書のような大局観を養う本は、定跡の解説書とは違い、ゼロから書かないと駄目なので、手間隙掛かるせいかこれまであまり出版されてきませんでした。そういう意味で居飛車党の皆さんにとっては貴重な一冊となるのではないでしょうか。
子供っぽい表紙と脱力感あるタイトルを見てスルーしていた人は、一度本屋で手にとってみてくださいね。

「NHK将棋講座」の内容を単行本化したものでは、「谷川浩司の本筋を見極める」や「清水市代の将棋トレーニング」が、本書と近いテーマとなっています(特に前者)。どちらかというと初心者〜中級者を対象としたページが多いので、本書が難しそうと感じた方は谷川九段の本がよいかも知れません。