畠山成幸:豪快四間飛車 徹底研究 対急戦・持久戦

いいとこ取りの詰め合わせ
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評価:C
対象者:10級〜3級
発売日:2008年6月

「豪快四間飛車」というタイトルと出版社(創元社)から、著者=鈴木大介八段と勘違いしてしまいそうな本書。

「徹底研究」とあるので、定跡の枝葉に至るまで詳細に解説しているような感じを受けるかもしれません。しかし、ご存知の通り、四間飛車をテーマに1冊だけで急戦と持久戦の両方を深く掘り下げるのは、ボリューム的にまず不可能です。

そういった本の場合、中〜上級クラスまでの四間飛車党の方を対象に、対居飛車急戦・持久戦の主要変化をコンパクトにまとめたものと認識しておけば、まず間違いないでしょう。本書もそんなタイプのひとつです。

著者は弟の鎮(まもる)七段と棋界初の「双子棋士」で知られている畠山成幸七段。1期で2人枠しかない三段リーグも一緒に抜けたので、プロデビューの年も全く同じ。「鎮(まもる)は攻める」と言われるように弟は攻めの気風の居飛車党、兄は居飛車・振り飛車の両方を指すオールラウンドな棋士です。

畠山兄弟は、たまに入れ替わって将棋を指している」という話を福崎九段が「将棋世界」に書いていたこともあります(笑)。

全222ページの2章構成(各章末には復習用の次の一手形式の問題を10問掲載)で、見開きに盤面図を4枚配置しています。目次は以下の通りです。

第1章 対急戦
(山田定跡・▲2五歩保留型斜め棒銀・端角戦法・鷺宮定跡)
第2章 対持久戦
(左美濃・居飛車穴熊・ミレニアム・5筋位取り)

第1章 対急戦 ▲2五歩保留型斜め棒銀より:図は△6四銀まで
本書は四間飛車が全て後手番になっていますが、便宜上盤面は逆さまになっています。一見するとよくある形ですが、居飛車が飛車先を保留しているところがこの戦型のポイント。

「ここは手筋」とばかりに▲7四歩とするのは、△6五銀と歩頭に銀を立たれて、以下▲6七銀△7四銀▲7八飛△7二飛▲7六銀△7五歩▲6七銀に△6四歩。手数は長くなるものの、この後△8二飛〜8五歩〜8六歩からの仕掛けがあり、振り飛車は作戦負けになります。

上図で有力なのは▲6七銀。以下@△7五銀は▲6五歩△8八角成▲同飛△3三角▲7八飛…、A△8五歩は▲7六銀(!)△8六歩▲同歩△同飛に▲6七金から振り飛車十分となります。

第2章 対持久戦 居飛車穴熊より:図は▲7六飛まで
対居飛車穴熊において、▲7八銀型を活かして▲6五歩と角道を開け、角交換拒否の△4四歩には▲7五歩〜6六飛〜7六飛と石田流に組むのは有力です。

上図で@△8四飛には▲7四歩△同歩▲6六角△8二飛▲7四飛△7三歩▲8四飛で強引に飛車交換に持ち込めば、飛車の打ち込みに強い振り飛車が優勢ですし、A△3一金などでは、▲7四歩で歩交換〜7五飛〜9六歩〜9七桂からやはり飛車交換に持ち込んで振り飛車良しとなります。

ここで紹介した一連の飛車・角・桂の捌き方は、双方の玉形が違っていてもさまざま局面で応用がききます。早指しに打ってつけの戦法ですので、ご存じなかった方は、24あたりで一度お試しください。

本書を読んで気になるのは、目次が「第1章 急戦編 第2章 持久戦編」としか書いておらず、どのページにどの戦型が書いてあるかがサッパリ分からないという点です。

持久戦は左美濃、居飛車穴熊、5筋位取りと玉の囲いに特徴があるので、パラパラとページを捲ってわかりますが、船囲いの同じテーマ図が何度も再掲される急戦編の第1章は、戦型の名前を記した「中見出し」さえも小さな字で書かれているため、読み直しの際に目的のページが見つからずストレスを感じます。

急戦の章は四間飛車が△4三銀を保留する△3二銀+△5四歩型(本書では便宜上、盤面が逆さまのため▲7八銀+▲5六歩型)のみがテーマとなっています。
△5四歩に代えて△6四歩や△1二香、△4三銀とする形は掲載されていませんので、対▲4五歩早仕掛け、▲4六銀左急戦、棒銀における攻防は登場しません。

振り飛車は24手目は△5四歩、△6四歩、△1二香、△4三銀が考えられますが、よりによって一番採用率が低いと思われる△5四歩型を何故テーマに選んだのかが、ちょっと疑問です。

ほかの本でも確かに24手目△5四歩は登場していますが、それらの本では他の形(△6四歩、△1二香、△4三銀)のいずれか、あるいは全部を紹介しており、一通り比較したうえで、どれが自分に良さそう(あるいは居飛車にどの急戦をやられると嫌)かが、把握できるようになっています。

ページの関係でどれか一つを選択しなければならない本の場合、24手目△4三銀を扱っているものがほとんどで、この△5四歩だけしか掲載されていない四間飛車の本って、少なくともこの10年ちょっとの間でこの本だけではないでしょうか?

早めに△5四歩と突く形は▲9七角と覗き△4一飛を強要してから、▲7九角と引くいわゆる「端角戦法」が単純ながらも五月蝿かったりします。本書でも定跡の主要手順を畠山七段の実戦を基にしながら、18ページにわたって解説しています。
ただし、藤井九段の四間飛車の急所 Vol.2 急戦大全 上巻の方が、居飛車・振り飛車双方の手順をより多く紹介しています。

珍しいところでは、上図(1枚目)の▲2五歩保留型斜め棒銀が登場。レアな戦法ではありますが、阿部八段なども採用しており、上記の藤井本(第1章のP186〜)や鈴木大介の振り飛車自由自在(第1章 P21〜)でも紹介されています。本書では知名度とは反比例する形で、ど〜んと34ページを割いて解説。

ネット将棋で観戦も含めてこの戦型に出くわしたことは数回しかありませんので、振り飛車党の方はそれほど警戒する必要はないでしょう。逆に居飛車党の方は、この部分だけでも立ち読みしておくと、誰も知らない戦法だけに勝ち星が稼げるかもしれません。

持久戦の章は、対左美濃では△7一玉型の美濃囲いから角のラインと△7三桂、△8四歩〜8五歩で相手玉頭に狙いを定める「藤井システム」、対居飛車穴熊では上図(2枚目)のように石田流に組み替えて、隙のない陣形を活かして飛車交換に持ち込む戦い方を中心に見ていきます。

第1章の急戦編は定跡に忠実に沿った流れとなっていますが、第2章の持久戦編は5筋位取りのページ以外は、定跡というよりも畠山七段の実戦を見ながら「戦い方のコツ」を掴むという趣旨になっています。

対左美濃と居飛車穴熊のページは狙い筋が明快で、同一局面でなくても捌きの手順の再現率が高いので、近年は見る機会が殆どなくなった山田定跡や端角戦法を解説した第1章よりも第2章の方が有用です。

ただ、急戦・持久戦に関係なくで本書の中で解説されているテーマは、先述の藤井本や鈴木本をはじめ、四間飛車のスペシャリストが書いた多くの棋書で既出かつより詳しく解説されていますので、改めて読む必要はありません。