第59回NHK杯テレビ将棋トーナメント 勝敗を分けた次の一手

アマチュアが間違いやすい局面から出題
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評価:C
対象者:10級以上
発売日:2010年6月

羽生三冠が通算8回目の優勝(2011年現在、優勝回数は通算9回)を飾った第59回「NHK杯テレビ将棋トーナメント」の全対局から、注目局面をピックアップして、実際の指し手を「次の一手」形式で解いていく本です。

監修は羽生三冠が担当しています。監修者=トップ棋士という図式は、「○×の詰将棋」といったような宣伝効果を狙った「名義貸し」的な意味合いを持つことが多いのですが、本書では羽生三冠が出題局面を選び、解説ページの締めの部分(5〜7行程度)もご自身の言葉で書いています。

全159ページのうち、2/3が「次の一手」の問題(全51題)に、残りの1/3は同トーナメントの全対局の棋譜の掲載に割り当てられています。

阪大で哲学を専攻する秀才・糸谷五段

1回戦 第8局 ▲糸谷五段 △中田(功)七段より:図は△7三金まで
▲7五桂に対して、△7三金と寄ったところです。「美濃崩し」で頻出の例の寄せパターンが思い浮かべれば、正解は自ずと見えてくるでしょう。

正解は▲6ニ歩△7一金▲4四角です。手裏剣として放たれた▲6ニ歩に対して△同金は▲7一角があるので△7一金は当然ですが、続く▲4四角が、次に▲7一龍△同玉▲6一歩成(両王手:@△同玉は▲6ニ金の詰み、A△8ニ玉も▲7一角成以下詰み)を見た必殺手となります。

交換した角を自陣に打ち合う珍しい展開

3回戦 第4局 ▲三浦八段 △佐藤(康)九段より:図は△7ニ銀まで
一見すると当然にも思える△7ニ銀が疑問手というのですから、プロの将棋は恐ろしい…。「△7ニ銀では△7七角成の一手でした」とは本書での羽生三冠の指摘。

三浦八段が指した手は▲5五銀。これは次に▲3七桂〜4五桂と桂馬を大きく活用して、角をいじめようようという狙いです。

4六の銀は将来、▲3五歩と組み合わせて右側に使いたいという意識が働くと思うのですが、後手の角の捌きを防ぐために中央へ使うという発想は盲点でした。個人的にはこの年度のNHK杯で最も唸らされた手の一つです。

問題図のページは、この手の問題集のなかでは最大級の盤面図をドーンと掲載。図面の下には3行ほど局面の解説と問題を解くうえでのヒントが記されています。

解説ページは上部1/3のスペースに"正解図"と"参考図"を配置し、残りのスペースで正解手とその狙い、それ以降の手順の解説、締めで羽生三冠の解説・感想が掲載されています。正解手は「見出し」等の別枠ではなく、解説の文章中に登場するので、目立ちやすいように太字となっています。

問題は中・終盤の局面からチョイスされていますが、定跡の一手を問うものや、作戦の岐路での出題もあるため、必ずしも本書のタイトルにある「勝敗を分けた」手というわけではありません。

選局の基準は分かりませんが、1局の将棋で3問も問題が出題される場合(羽生−丸山戦)もあれば、1問も出題されずに後半の棋譜掲載で触れられているのみのものもあります。

残念なのは棋譜掲載のページ。棋譜の下に@、A、B…などの数字が挿入されているので、てっきり「将棋年鑑」のように、注釈形式で余白に手の解説があるのかと思ったら、どこにも解説が見当たらない。

よく読んでみたら、この数字は対局者が使用した「考慮時間」の累計とのこと(笑)。つまり、初手から最終手までの棋譜が解説なしで掲載されているのみで、ビジュアル面で参考になるのも投了図1枚のみ。

途中図もないので、棋譜を並べようと思っても、一々最初の20手くらいを目で追って確認しないと、どんな戦型なのかが分からない点もマイナスです。

せっかくの棋譜を読者の勉強に役立ててもらおうという意図が全く感じられないのが残念。棋譜だけなら、NHKの公式サイトで盤面図を再生して無料で見れる(と言っても元は我々の視聴料だが)ので、お金を払って買う本にする以上、注釈形式のミニ解説は最低限必要なのではないでしょうか。

NHK杯に関する本は、羽生三冠、佐藤康光九段、米長永世棋聖、加藤一二三九段、鈴木大介八段など、歴代の優勝者のインタビューや名局の紹介、読み物などの企画が充実したムック「NHK杯将棋トーナメント60周年記念 もう一度見たい! 伝説の名勝負(未レビュー)」が面白いのですが、そちらも棋譜解説が全然ダメでした。

収録問題数も少ないうえ、棋譜の解説がないとなれば、これといって本書をオススメする理由がありません。スルーするのが最善手かもしれません。