青野照市:手筋事典 あなたの将棋が9割変わる!

実戦での手筋応用を目指す方にも
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評価:B
対象者:10級〜初段
発売日:2011年2月

定跡形や力戦型を問わず、一局の将棋を勝ちきるためには、盤上にある8種類の駒の特性を活かした好手、いわゆる「手筋」をフル活用することが求められます。

本書は、最も頻出度の高い「歩」を使った手筋をはじめ、金・銀・桂・香…などの必須手筋を、攻め・受け・終盤の3つのパターンに分類して解説したものです。

著者は対振り飛車における居飛車急戦の大家であり、近年は精選必至200問などの良書も手掛けている理論家・青野九段です。

大型掲示板「2ちゃんねる」の「将棋版」にあった『青野がB1クラスから陥落するのは寂しいよな…』という匿名の書き込みに感動し、『青野がBクラスに在籍してることすら信じられない。実力からしてC1が妥当。』という書き込みに凹んだ経験などを、ご自身が講師を務めた「NHK将棋講座」のテキストで発表したことから、2ちゃんねるを見ていることが発覚。以来、一部ファンからは「青野2ちゃん名人」という親しみを込めたネーミングで呼ばれています。愛されてるなぁ、青野九段。

本書の構成は全198ページ、本編となる講座編(全3章)と復習用の問題集(全1章)から成っています。盤面図は見開きで4枚配置されています。目次は以下の通りです。

第1章 攻めの手筋
(突き捨ての歩・垂れ歩・継ぎ歩・継ぎ桂・不成の銀など、44パターン)
第2章 受けの手筋
(底歩・中合いの歩・桂先の銀・自陣飛車・自陣に埋める金など、17パターン)
第3章 終盤の手筋
(腹銀・尻銀・退路封鎖・下段に落とす寄せ・縛りの寄せなど、16パターン)
第4章 次の一手問題集
(全30問。解答のページは一問あたり、盤面図を2枚配置。)

争点をずらす

第2章 受けの手筋 引きつけの歩(基本)より:図は△8四香まで
一段龍+8筋の香車の組み合わせは、船囲い攻略の基本テクニックの一つ。狙いは勿論、△8七香成▲同玉△6九龍です。

先手はまず▲5九銀と城壁を補強します。同じ意図でも▲5九金引は右辺への玉の退路が無いため×です。以下、△9五桂で8筋の受けに窮したように見えますが、そこで▲8六歩が面白い一手。

後手は当然△同香と取りますが、そこで▲8八歩とするのが、先の▲8六歩と合わせて「引きつけの歩」と呼ばれる手筋です。上図と比べると争点が8七の地点から8八に下がったため、後手は二の矢がありません。

以下、△5六銀には▲9六歩と桂馬を外しにかかります。本書では、▲9六歩以降の攻めに転ずる手順も上級者あるいは有段者向けに解説しています。

龍を逃げてはチャンスを逃します

第3章 終盤の手筋 尻銀の寄せ(基本)より:図は△4一金まで
寄せの本なら必ず出てくるお馴染みの図より。金で叱りつけられたからといって龍を逃げるようでは絶好のチャンスを逃してしまいます。

正解は▲4二金△同金▲3一銀です。対して@△4一金打と受けるのは、▲3二銀成△同金に▲3一金の尻金から簡単な追い詰みですし、A△4一銀と受けるのも、▲同銀成△同銀▲2二金△同玉▲4二龍△3二合駒に▲3一銀からやはり詰みとなります。

これは実戦で使用する機会が多くありながら、実際は見逃してしまう代表的な手筋です。盤面を左右反転させると、いかにも相振り飛車の終盤で遭遇しそうな駒の配置ですよね。こういうのノータイムでビシッと決めて、「コ、コイツ、出来る!」と観戦者を唸らせたいものです。

手筋の難易度は「基本」「応用」「上級」の3つのレベルに分けられており、各レベルが見開きの2ページで完結します。どの手筋も「基本」と「応用」の2つが掲載されていますので、1つの手筋につき最低でも4ページ、最大で6ページとジックリ解説しているところがGood。

まずは「基本」レベルの前半にある部分図で、手筋の基本的なパターンを知る、あるいは中級以上の方は復習を行い、次にプロの将棋でその手筋が実戦でどのように応用できるのかを解説しています。

プロの実戦は基本編から登場しますが、部分図の次にいきなり駒を全部配置したプロの実戦図を出すのは、レベルの差がちょっと大きいのがネックです。基本編では、仮に駒を全部配置した図にするにしても、狙い筋がわかりやすいように創作した盤面でもよかったかもしれません。

一方、手筋本は何冊か持っていながらも、実戦になると上手く指せない中・上級者の方には、非常に参考になると思います。というのも、例えば、受けの手筋なら上図(1枚目)のようにテーマとなる手筋を念頭に、その前後の指し方までをセットにして紹介しているため、その局面になって行き当たりバッタリで手筋を「発見」するのではく、あらかじめ「読み」を入れてその局面を迎えるいい練習になるからです。

攻めや終盤の手筋でも、単品ではなく他の手筋と組み合わせがあったり、その後の寄せの手順も解説されているため、こちらもより実戦に応用しやすくなっています。

本筋の解説以外にも、随所に「後手が△〜と来れば、▲〜があります。以下、△〜▲〜」と実際に盤面に現われない変化手順に触れていますので、棋力によってはちょっと難しいと感じる方もいるかもしれませんが、実際の進行手順は理解しやすいように、太字でマーキングしてあります。

また、通常の棋書よりも一回り大きい「A5版」サイズですので、掲載されている盤面図も文章も非常に読みやすいのも特徴です。

ただ本書のタイトルに「辞典」と付けたのは、ちょっと大きく出たな、という感がないわけではありません。というのも、一つ一つの手筋は「基本編」「応用編」、場合によってはさらに「上級編」までを用意し、詳しく解説しているのですが、第4章に問題集を持ってきたページの関係上、必須の手筋と思われるものでも、講座編からポロポロと抜け落ちてしまっているからです。

第4章の問題集はプロの実戦からの出題ですが、講座編もプロの実戦で登場した局面をベースに解説を進めるスタイルですので、講座編も立派な問題集です。
つまり、内容が重複しているので、基本手筋を一部カットするくらいなら、第4章の部分を省いてそちらを網羅するほうが良かったかなと思いました。

手筋の本をこれまで数多く出ており、新書が出たからといって特に目新しい手筋が掲載されていたり、構成がガラッと変わることはあまりありませんが、部分図による基本パターンの習得とプロの実戦における応用をミックスした点が、ウリです。

手筋のエッセンスだけを極力易しい言葉で解説したとはいえ、部分図からプロの実戦へ移行する際のハードルは低くありません。手筋本が初めての方は、部分図と解説の太字の部分だけを読み、基本手筋は全部知っている自信はあるけれど、本番になると応用できない中・上級者の方は「応用」・「上級」のページも全部読むというのが、本書の上手な活用方法だと思います。