先崎学:先ちゃんの順位戦泣き笑い熱局集

雑誌「将棋世界」の連載も好評ですね
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評価:A
対象者:5級以上
発売日:2000年8月

天性の将棋感と巧みな話術、プロをも唸らせる文章力で人気の"先ちゃん"こと先崎八段の自戦記です。掲載されている将棋は全て、生活とプライドが掛かった順位戦です。

今でこそA級棋士(追記:現在はA級→B級1組から陥落してB級2組)の先崎八段ですが、C級2組在籍時には毎年不動の本命候補に押されながらも昇級までに8年も掛かってしまいました(同門の中川七段も苦労しました)。

片や20代前半の伸び盛りでNHK杯優勝も経験した新進気鋭の若手(先崎八段)、一方、相手は年間成績は大幅に負け越し、降級点を何時とってもおかしくないベテラン棋士。トーナメント棋戦なら勝負は見えていますが、そうはいかないのが順位戦の怖いところです。

「(桐谷六段の将棋を控え室で並べて)こんな将棋と同じクラスの自分に腹が立つ」という趣旨の発言が、雑誌「将棋世界」の人気コーナー「対局日誌」に掲載され、翌年(だったかな)の順位戦でその桐谷六段に敗れて昇級の目をつぶしたこともありました。後日、桐谷六段が「お前には負けて路上に酔いつぶれている姿がお似合いだよ」と言わんばかりの記事でお灸をすえたのを今でも覚えています。

本書は文字通り、先崎八段の「泣き笑い」がぎっしりと詰まった熱局集(20局収録)となっています。対戦相手は下の目次の通りです。

見開きに盤面図が2枚だけですが、文章が1ページあたり2段ありますので、手順の解説だけでなく、「将棋世界」で好評連載中の「千駄ヶ谷市場」のような、活気に溢れる文章も楽しめます。

C級2組泥沼編
対阿部、小倉、丸山、森内、岡崎、藤原の計6局
C級1組奮闘編
対三浦、真田、中川、中田(功)、屋敷、鈴木の計6局
B級2組快進撃編
対有森、藤井、田中(魁) の計3局
B級1組飛躍編
対神谷、南、中村、井上、桐山の計5局

ここで善悪を通り越した気合の勝負手が出ます

対小倉六段戦より ▲先崎△小倉:図は△2四同飛まで
形勢は先手不利。ここで本人も『大バクチ』と形容しているように▲9六歩(!)が善悪を通り越した驚異の勝負手です。

以下はC級2組の対森内戦で負けたために8勝2敗で昇級を逃したときの文章です。
『この将棋に負け、私は結局8勝2敗で昇級を逃した。片や森内五段最終戦で強敵丸山四段を千日手指し直しの末に破り昇級した。その後も彼はすいすいと昇級を決めていき、私がやっとC級2組を抜け出したとき、なんと名人戦に挑戦していた。(中略)この敗戦の持つ意味はあまりにも大きかった。悔恨の念は何年も尾を引いた。』

このような負の心理状態を書いてしまうのは、勝負師としては決してプラスにはならないと僕は思うのですが、こうして文章の形で我々将棋ファンが触れられるのは大変貴重なことでしょう。

C級2組を抜け出した後は、水を得た魚のようにスイスイと昇級を重ねた先崎八段。勝局も敗局もいかにも「青春真っ只中」という感じで眩しいです。

これを読んでいると『将棋界にとっては南王将よりも米長王将の方がいい』『谷川九段に竜王を奪取された羽生さんと控え室でトランプをやっていたら。勝った谷川九段が横の席で談笑を始めて、酒に酔った先崎八段が絡んでしまった話』『30歳近くで反抗期(?)が来て、師匠との関係がちょっとアレになった話』とか、あの頃の先崎八段はちょっと尖がったナイフのようで面白かったなと懐かしくなりました。

手の解説もわかりやすいので棋力向上はもちろんのこと、将棋歴のある程度長い人にも昔を懐かしむ感じでよんでほしいと思います。僕的にはかなりの良書です。