大山康晴全集

全棋譜並べたら県代表レベルの棋力がつく?

評価:-
対象者:高段者
発売日:1991年5月

タイトル獲得数80期、棋戦優勝124回、通算1433勝(!)という前人未到の大記録を打ちたて、A級在位のまま亡くなられた大山康晴十五世名人の全集です。

第1巻 五冠王まで(昭和11年〜37年)、 第2巻 無敵時代(昭和38年〜46年)、第3巻 記録への挑戦(昭和47年〜平成3年)の3冊構成となっており、奨励会の3級の頃から平成3年の晩年の頃までの全棋譜を収録。各巻の前半では自戦記、観戦記で大山十五世名人の将棋を詳解に解説しています。

新品で買うと4万円する高価なセットですが、僕は古本屋で第3巻だけを購入(3500円くらい)しましたので、レビューはその内容だけ触れさせていただきます。

どうして3巻だけ買ったかというと、MYCOMから出版された「振り飛車ワールド」というオムニバス形式の本の中で、「一部アマトップの間では、『大山全集を並べれば、県代表クラスの棋力がつく』という話がある。ただし、並べるのは2巻から。1巻は形が古すぎて面白くない」といった趣旨の話が掲載されており、古本屋に行ったら1巻と3巻だけ売られていたからです。

全829ページで、棋書というよりは「知恵蔵」、「イミダス」などの辞典を髣髴とさせる分厚さで、将棋盤で並べるときは当然ながら片手では持てないですし、胡坐をかいて乗せるのも重くてちょっとしんどいです。

第1章 自戦記(26局)
第2章 観戦記(4局)
第3章 随筆・評論・対談
「中原名人を倒すのはやっぱり私だ」(大山康晴)
「棋道─日本の文化として」(呉清源)
「対局2000日皆勤です」(長谷川一夫)
「小百合さん名人に挑戦」(日色恵)…ほか
第4章 全棋譜(昭和47年〜平成3年までの1039局)

羽生さんは当時5段です

羽生くんとの初顔合わせ(第38期王将戦)より ▲羽生△大山:図は1一角成まで
△5七歩が上手い垂らしで、単に△2八飛成では▲6六馬と自陣に引きつけられて、後手苦しい形となります。この垂れ歩は会心のようで『五臓六腑が、喜びに湧き立つ思いだったし、私もまだこんな手が指せるんだから、まんざらではないと胸を張りたくなった。』とのこと。

実戦では△5七歩以下、▲6六馬△5八歩成▲同金△2八飛成▲4八歩△5四金▲5五歩△5三金▲7七桂に△4四桂が切り札となって後手優勢となりました。

第3巻の自戦記は対羽生、中原、米長、谷川、加藤(一)、内藤、有吉など、現在でも現役で活躍されている棋士がほとんどのため、若い方が読んでも対局者をイメージしやすいと思います。

年の差はご自身のお孫さんよりもあったと思われる羽生五段(当時)との初対局の自戦記では、『大天才の評判が高かったが、加藤一二三九段も同じような生い立ちで、羽生君にもそれほど違いは感じなかった。しかし、一二三さんのときは私の全盛時代だった。羽生君との対戦は私のたそがれ時代だから、その点では大きな違いがあった。このあたりのことが心理的に影響したのか、突くべしを信条としている端歩(美濃囲いの△9四歩)を省く気持ちになった。』と、勝負師の姿とは少し違った心情も垣間見れます。

ただし、最後は『羽生くんは守れば守るほど、格好が悪くなる自玉を眺めて、あきらめたわけである。』といかにも大山流な一文で締めくくってあります。

自戦記のページは見開きに盤面図が6枚配置されており、その間に大山十五世名人の丁寧な解説が2段にわたって掲載されていますので、非常にわかりやすいです。

一方、1039局にものぼる全棋譜のページは、盤面図が一枚に棋譜のみ(解説はなし)ですので、どのあたりがポイントなのかがわからないのが残念です。

谷川九段はご自身の著書「谷川浩司の本筋を見極める」の中で、中盤の上達法として『(中略)プロの解説が付くに越したことはありませんが、プロの棋譜を並べるだけでも、優れた対局者の感覚が徐々に身についてくるはずです。』とおっしゃっています(P148参照)が、出来れば簡単な注釈はつけてほしかったかなと。

また、解説中の手順がが「2五歩、同桂」のように、先手と後手の手を示す「▲」や「△」が付いていないので、気をつけないと読み飛ばしが出てくるのが気になりました。

大山流四間飛車の呼吸を学びたいという高段者やプロ棋士(藤井九段も何回も並べているそうです)、また「昭和の大巨人」の記録を資料としてお手元に置いておきたい愛棋家の方には、決して高い買い物ではないでしょう。

大山十五世名人の振り飛車とその勝負術を解説した「現代に生きる大山振り飛車」と併せて読むと、より理解が深まると思いますのでそちらも参考にしてみてください。

なお、永遠のライバルである升田幸三九段の全局集は「CD-ROM版 升田幸三全局集」という形で発売されており、大山康晴十五世名人との死闘174局を含めて全930局がコメント入りで収録されています。