森下卓:森下の対振り飛車熱戦譜

手厚い指し回しを勉強したい方には最適
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評価:A
対象者:5級以上
発売日:2002年11月

森下九段の対振り飛車全棋譜(H7年度まで)を収録した「森下の四間飛車破り」から6年経て出版された、続編の自戦記です。

大きな違いはまず、収録局数が80局から20局になったことです。これだけ見るとなんだかめちゃくちゃボリュームダウンしたように思うかもしれませんが、前作では自戦記形式の解説が12局で、残りは棋譜に注釈を付けるスタイル(将棋年鑑と同じ)でした。一方、本書では全20局が自戦記形式となっています。

もう一つの違いは、前作が対四間飛車だけをテーマにしていたのに対し、本書では三間飛車(三間穴熊や升田式石田流など)も登場、また、対四間飛車は当時大流行していた「藤井システム」との戦いがメインとなっています。

全268ページに20局が収録(快勝譜もあれば敗局もあります)されており、見開きに盤面図が6枚という読みやすい構成です。対戦相手は、対藤井九段が7局と最も多く、以下、久保八段が5局、鈴木八段が3局、小倉六段と中村(修)八段がそれぞれ2曲、そして三浦八段が1局となっています。

痛恨の詰み逃しで逆転負け

第13局 第7期銀河戦 ▲鈴木△森下より:図は▲2七玉まで
鈴木八段の四間飛車穴熊に森下九段が十八番の銀冠で対抗した将棋のクライマックスです。ここで△1七金打としたため、歩が一枚足りずに逆転負けを喫してしまいましたが、代わりに△3六金としていれば、以下▲同玉△3五歩▲4七玉△4六歩▲5六玉△6六とから、持ち駒を一枚も残さずにピッタリと詰んでいました。この局面は勝又六段の「つみのない話―投了後の逆転」でも登場していますので、お持ちの方はご確認ください。

前作と同様に対四間飛車穴熊における銀冠(森下九段曰く「私に一番合っている戦法」)の指し回しは手厚い。成績は4戦2勝(対鈴木戦が2勝1敗、小倉戦が1勝)ですが、詰みの逆転負けがあるので実質的には3勝1敗です。対藤井システムも良いけど、やっぱり森下九段の棋譜を並べるならまずここから読み進めたいですね。

また、三浦八段の三間飛車穴熊に対して森下九段も居飛車穴熊に潜る「相穴熊」、久保八段の藤井システムに対して角道を開けない藤川流(アマチュアの藤川清美氏が考案)を採用した1局など、珍しい将棋も掲載されています。

解説は森下九段のイメージそのままの「丁寧さ」が特徴で、見開きに6枚配置された盤面図と相まって、非常にわかりやすいものになっています。当時の手を振り返って、成長した現在の森下九段ならどう指すかも随所で触れられています。

さらに欄外でも『米長道場で草刈をやっていたときのこと。三浦君は一人だけ詰め将棋を片手に解きながら、草を刈っていた。』といったような、ちょっとしたエピソードを載せている辺りも面白い。

『本局は必勝の将棋を、何度も勝ちを逃し、あまりの悔しさに棋譜を破り捨てたいと思った一局である。』と感情を率直に吐露するなど、珍しい一面も見られます。ちなみにこの負け将棋の日は、帰りに財布までなくしたそうです(泣)。

また、森下九段は自戦記の中で、対戦相手の当時の調子に触れることが好きなようで、『勝負し久保ともあろう人が簡単に狙いにはまるとは、よっぽど不調だったに違いない。』、『この将棋は鈴木君が精彩を欠いており、あまり出来がよくない。どうも不調だったようである。』といった文章が随所に登場します。快勝の将棋を、自身の充実によるものではなくて、相手の不調が原因と書くところが謙虚な森下流ですね。

僕の好きな米長永世棋聖なら、こうはならない(笑)。とりあえず『久保君の得意形に飛び込んでのこの指し回し、この快勝。我ながら自分の強さには鳥肌が立つ。』、『鈴木君の穴熊といえども、この米長にかかればご覧の通り、豆腐のような堅さに過ぎないのだ。』くらいは書くでしょう。実際どうなるかは、「米長邦雄:泥沼流振り飛車破り」のページをご覧ください。凄いフレーズがバンバン出てきますよ。

急戦(準急戦を含む)の将棋が少ない点がちょっとアレですが、森下九段の持ち味が出るのはやはり持久戦だと思うので、その辺は気にしなくてもいいかもしれません。ただ、森下九段が後手番のときは盤面を便宜上逆さまにして、先手になるようにしてほしかったです。

居飛車党の方なら、前作と共に盤に並べて勉強すれば、参考になる部分が大いにあると思います。特に「将棋倶楽部24」の早指しオンリーで対局している人には、一発を狙わず着実にポイントを積み重ねる九段の指し方に気づかされる部分があるのではないでしょうか?

なお、本シリーズの矢倉版には「森下卓:森下の矢倉」があります。1996年の刊行ですので、既に絶版となっていますが、古本屋などで見つけた際には一度ご覧になってください。