豊島将之・糸谷哲郎・村田智弘:関西新鋭棋士実戦集

今なら稲葉四段も加えたい
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評価:C
対象者:5級〜
発売日:2008年7月

本書は「新鋭振り飛車実戦集」(戸辺誠、遠山雄亮、長岡裕也、高ア一生)、「新鋭居飛車実戦集」(西尾明・大平武洋・村中秀史)に続く、若手棋士の共著による実戦集の第三弾となります。新人王戦の優勝や対振り飛車「糸谷流」でお馴染みの糸谷五段、高校在学中に四段昇段を果たし高勝率を誇る豊島四段、2005年に15連勝を記録した村田五段と、実力派の3人が登場します。今(2009年正月に書いています)なら、稲葉陽四段も加えたいですね。

掲載されている将棋はそれぞれの棋士が4局の計12局で、戦型が偏らないように居飛車、振り飛車の流行形から力戦形までが幅広くピックアップされています。

全222ページの3章構成で、見開きに盤面図が4枚配置されています。また、各章の末尾に3人によるコラムもあります。対戦相手と戦型は以下の通りです。

第1章 豊島将之四段
深夜の大熱戦 対村中秀史四段
早指しの熱戦 対飯島栄治五段
力を出しきった一局 対山崎隆之七段
憧れの棋士との対戦 対谷川浩司九段

第2章 糸谷哲郎五段
角換わりの会心譜 対橋本崇載七段
ねじりあいを制した角換わり局 対阿部隆八段
1手損角換わり棒銀対右玉 対西尾明四段
第37期新人王決勝第2局 対横山泰明四段

第3章 村田智弘五段
相穴熊の攻防 対杉本昌隆六段
自分らしい将棋 対南芳一九段
居飛車穴熊の攻略 対浦野真彦七段
15連勝目の一局 対西川慶二七段

角換わりの将棋
ねじりあいを制した角換わり局より ▲糸谷五段△阿部八段 図は△9五歩まで

▲9五同歩は、△7七歩▲同桂△同桂成▲同銀△8五桂と防戦一方の展開が不満。かといって▲6五銀と桂馬を取るのは△同銀▲同銀に△5五角と両取り+馬作りが確定して先手不利となります。

ここで糸谷五段が用意していた渋〜い手は▲4三歩の垂れ歩です。これは将来▲6五銀から▲2六桂、または露骨な▲4ニ銀の打ち込みを狙った一手です。後手はこの垂れ歩をすぐに取れないため、爆弾を抱えた状態となります。

『矢倉や角換わりの実戦では、歩がよく交換されるため、突き捨てや垂らしによる一歩損のリスクは非常に小さい』との実践的なアドバイスも。

通常、自戦記はまず対戦相手の紹介や対局中のエピソードなどをちょっと添えているのですが、ページ数の関係からか、どの将棋も最初の20手くらいは一気に進めていきなり本題に入ります。

その代わり、本書の売りの一つである「研究」と題したコーナーが随所に登場し、その将棋のポイントとなった局面や実際に盤面図には現れなかった手順を深く掘り下げていきます。特に豊島四段は几帳面な性格なのか、この「研究」ページが、ちょっと進行する都度登場します。丸山ワクチンの▲5八金右に関する考察は4ページに渡ってギッシリと解説しており、居飛車党の方は参考になるでしょう。

ただ、読み進めている将棋の流れが頻繁に中断されることになるので、構成上(特に第1章)、読みにくいと思う人も少なくないと思います。また、掲載されている将棋についてですが、糸谷五段が奨励会時代に連採(9割近くの勝率)、四段昇段後も愛用している対振り飛車「糸谷流(居飛車で玉を右に囲う)」の将棋が掲載されていないのも残念です。朝日オープンの対中原16世名人(ゴキゲン中飛車)に快勝した将棋も糸谷流でしたから、てっきり本書にも入っていると思いましたが…

可もなく不可もない普通の自戦記です。3人の先生のどなたかのファンなら持っておいても損はないでしょう。