米長邦雄:泥沼流振り飛車破り

表紙に燦然と輝く「名人」の二文字が眩しい(笑)
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評価:A
対象者:5級以上
発売日:1994年1月

1993年に悲願の名人位獲得を成し遂げた米長永世棋聖。その名人位披露パーティーでは、会場に入りきれない2000人もの人がお祝いに駆けつけ、格の違いを見せつけました。

本書は「名人、米長邦雄のすべて」と同様に、「名人位獲得記念」として出版された振り飛車破りの書き下ろし自戦記です。収録全21局中の10局が「玉頭位取り」と「5筋位取り」となっており、駒の方向性と厚みのなんたるかに力点が置かれて解説されています。

米長会長の自戦記ですから、『やっぱり、俺は強い。(対淡路戦)』、『共に色男ナンバーワンを自負しており(対内藤戦)』、『どうだ、この胸のすくような駒捌きは。これだからファンも増えるはずだ(対櫛田戦)』、『ここは卓越した私の大局観を褒めるべきだろう(対真部戦)』、そして極めつけは『私の考えは、6五歩の位があまりにも大きすぎる。この位は真部のチンポコより大きい。男というものは一箇所だけ大きいものがあれば、他がどんなに目劣りしていても、とくにかく幸せになれるものだ。(対真部戦:下の盤面図参照)』と、お約束の台詞がビシバシ登場します。

1991年の「将棋世界 2月号」では、大山十五世名人に勝ったA級順位戦の自戦記で『この私相手にここまで指せる(結果は米長勝ち)のなら、大山先生のA級残留は間違いないだろう』という凄すぎるフレーズもありました(笑)。好きだなぁ、こういうの。

全247ページに21局を収録されており、見開きに盤面図が4枚配置されています。対戦相手は大山十五世名人が5局、升田九段が2局、あとは中原、内藤、淡路、森、森安、櫛田、先崎、藤井、屋敷、村山、小林(健)、中村(修)、真部、桐山の各氏がそれぞれ1局ずつとなっています。

四間飛車穴熊に銀冠の厚みで対抗します

第6局 対真部一男八段戦より:図は▲3八飛まで
△5八歩▲3六飛△5九歩成▲5五歩△3五歩▲2六飛△2二飛▲6五歩△5五角▲6四歩△同銀▲5六飛△5四歩▲6五歩△5三銀▲6六銀と厚みを築きます。ここで飛び出したのが前述のお上品な発言です。

『と金ができては振り飛車好調を思わせるが、私の構想力はそんな凡人の形勢判断をはるかに上回っていた』とも(笑)。

大きな盤面図の横に進行手順、その下に解説と参考図が掲載される通常のスタイルですが、本書では進行手順の横にも「a…手損のようだが、▲8六歩を見せて、後手の駒組みを牽制している。」などのように、解説とは別に簡単な注釈も付けられています。これは棋譜だけをスラスラ並べたいけど、最低限の解説はほしいという人にはピッタリで、目線を下げる必要もなくストレスを感じさせません。

手の解説は何度も()←カッコが出てきてその中が変化手順で埋め尽くされているような難しいものではなく、大まかな方向性と狙いをわかりやすく解説しています。

前述のように「玉頭位取り」「5筋位取り」など、厚みで勝負する将棋が多いのですが、中でも真部八段の四間飛車穴熊に対して銀冠から6・8・9筋の位を取って圧倒する指し回しは非常に参考になりました。

四間飛車穴熊を相手に重厚な厚みを築き、ゴチャゴチャやっているうちに自然に優勢になる指しかたを勉強したい方は、本局と「森下の四間飛車破り」、その続編となる「森下の対振り飛車熱戦譜」が絶好の参考書となるでしょう。古本屋などで運良く見つけた方は是非ゲットしてくださいね。

米長ファンだけでなく、居飛車党なら読んでおきたい一冊です。なお、その他の戦型における米長会長の本には、「米長の将棋」や後年出版された「達人の道 米長邦雄達人戦勝局集」がありますので、こちらの方も参考にしてみてください。

おまけ:「将棋世界」に連載されていた「さわやか流自戦記」の中で、『だが、今の時代は違う。プロ棋士はみんな「羽生の頭脳」を読んで勉強しているのだ。』とあったのですが、てっきり冗談かと思っていました。

ところが本書の対藤井九段戦のページでは『対局前に藤井先生に挨拶をしておいた。羽生の頭脳を読んで研究してきたので、宜しくお願いします。』
また、対櫛田六段戦では『この△5三銀上も「羽生の頭脳」に書いてあった。〜と捌かれて居飛車不満と解説されており、その変化はそこで打ち切られている。もっと詳しく解説してくれないと困るではないか。』とありました。まさか、本当に読んでいたとは…