藤井猛・鈴木宏彦:現代に生きる大山振り飛車

大山名人の強さを盤上・盤外から分析
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評価:B
対象者:振り飛車党全般
発売日:2006年12月

「昭和の大巨人」と呼ばれ、盤上・盤外に数々の伝説を残した大山康晴十五世名人。亡くなられて15年以上が経った現在でも、大山将棋は多くのプロ棋士に影響を与え続けています。修行時代の藤井九段、羽生二冠、三浦八段が「大山康晴全集」を何度も並べて強くなった話は有名です。

本書は雑誌「将棋世界(2004年1月〜2005年8月号)」に連載された同タイトルのコーナーを大幅に補筆し、第3章を書き加えたもので、現代振り飛車の革命家・藤井猛九段と観戦記者の鈴木宏彦の両氏が、大山将棋の強さの秘密を「技術論」と「勝負論」の二面から探っていきます。

全213ページの3章構成で、見開きに盤面図が4〜8枚配置されています。

座談会 大山将棋「強さの秘密」:出席者 中原十六世名人・藤井九段・中川七段
第1章 現代に生きる大山振り飛車
棒銀対策 / 中飛車急戦編 / 三間飛車急戦編 / 四間飛車急戦編 / 5筋位取りほか
第2章 大山振り飛車エピソード編
対振り飛車棒銀のルーツ / 大山の勝負術 / 天性の雑談戦術ほか
第3章 大山振り飛車実戦編
対二上、升田、山田、中原、加藤、米長戦ほか計10局

1992年A級順位戦 ▲大山△谷川より:図は△3五歩まで
谷川九段をして「読み負けた」と言わしめた局面です。▲6四飛には△4五銀▲同歩△7三角の間接王手飛車があるので、それを見越して△3五歩と玉頭に嫌味を付けたのですが、大山十五世名人はかまわず▲6四飛。

以下、△4五銀▲同歩△7三角▲4六角△3四桂▲6三飛成△4六桂▲同銀となると、竜が手厚く先手優勢です。この後は有名な▲6七金打の「受け潰し」の一手も登場するので、ご記憶の方も多いでしょう。
これが谷川九段との最後の対局になりました。「大山先生にはあまり本気を出してもらえなかったので、最後に勝負の真髄を見せてもらった思いです」とのこと。

座談会では鈴木宏彦氏を司会に中原、藤井、中川の三氏による座談会形式で、大山将棋の強さを分析。特に中原十六世名人は対大山戦が160局を超えているだけあって、いろいろなエピソードを交えての解説が面白いです。

「大山と羽生、どっちが強い」といった興味のある質問も飛び出したり、大山将棋の対応力の高さを「いきなり金と銀の位置を逆にして将棋を指したら、大山先生なら上手く指しこなしてしまいそう」という中川七段の例えもわかりやすい。

第1章では、対居飛車戦における大山振り飛車の対策を藤井九段が解説しています。手順の意味や狙いの説明は勿論のこと、それが現代将棋にどのようにリンクしているのかも見ていく点が秀逸。

例えば、対棒銀の決定版とされる「△4二金」も大山将棋で初めて登場した一手ですし、対左美濃の「藤井システム」も、大山−中原の王将戦(1982年)で登場した△7一玉型で6筋の位を取る指し方を直接参考にしています。
また本書では登場しませんが、同じく対左美濃の「コーヤン流」三間飛車の構えも大山将棋をヒントとして生まれています(「最新戦法の話」の233ページを参照)。

対棒銀の△4二金は1971年に登場しているものの、100冊近くある大山十五世名人の自戦記や定跡書では一切触れておらず、その優秀性に周囲のプロ棋士が気づいたのは1993年前後だそうです(亡くなったのは1992年)。この辺の手の内、本音を決して明かさないところにも大山将棋の強さの一端を見たような気がします。

また「大山将棋の謎」と題して、わざと(?)不利な定跡手順に飛び込んでいって、完敗した将棋や、上手くいった新手順でもそれ以降、指されることがなかった将棋なども触れています。この辺は本人に直接聞いてみないとわからないところばかりですが、A級在位の現役のままで亡くなられたので、生前に質問しても答えてくれなかったのではないでしょうか。

第2章のエピソード編では、二上九段との対局中に、記録係の少年が詰め将棋の本を読んでいたら、「詰め将棋なんかやっても何にもならないよ」と言ったり(二上九段が詰め将棋作家としても有名なのを知ったうえでの発言)、王位戦で中原王位(当時)に挑戦したときは、対局室に観戦に来る大盤解説のお客さんが見やすいように盤の向きを縦から横に変えたり(下座である挑戦者の大山十五世名人の座る位置が変わる)、相手が勝負どころで長考を始めると視線に入る場所で、くるくると扇子を回し始める(トンボ取りか 笑)などの盤外戦術のエピソードも登場します。

また、この章では谷川九段によるA級順位戦最後の対局(上の盤面図参照)の解説や、晩年の大山十五世名人と対局した羽生、森内の両氏が大山将棋の印象、受けた影響などを述べておられます。「盤の前ではなんともいえない威圧感を受けました。その場にいたたまれない、逃げ出したくなるような雰囲気」とは森内名人の初対局の印象です。

第3章では、対山田定跡、棒銀、左美濃、居飛車穴熊などの代表的な大山将棋を観戦記形式で掲載。随所に藤井九段の短い解説が登場するスタイルになっています。

「大山康晴全集」では自戦記と観戦記編を除いて、指し手の解説はありませんでしたので、大山将棋特有の指しまわしを解説している本書と併せて読めば、棋譜を並べるときの参考になるでしょう。勿論、全集をお持ちでない方でも大丈夫です。

藤井九段による分析が非常にわかりやすく、漫然として棋譜を並べているだけではわからない大山将棋の工夫やその凄さも解説されています。また、疑問に思った点は執筆の際に中原十六世名人や羽生二冠に質問している点なども見逃せません。

全編を通じてエピソードが豊富ですので、大山十五世名人を知らない世代の方でも十分に楽しめる一冊となっています。盤上・盤外のあらゆる要素を利用して、自分の有利な方向に局面を持っていく勝負師の姿に思わず唸ってしまいました。これは「振り飛車」ではなく「大山康晴」という名の一大戦術ですね。

大山十五世名人の将棋を語るうえで、ライバルの升田幸三九段の存在は欠かせませんが、升田九段の将棋については「升田将棋の世界」でその魅力がわかりやすく解説されています。