飯島栄治:新・飯島流引き角戦法

B級戦法っぽいがプロ棋戦でも活躍中
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評価:B
対象者:8級〜二段
発売日:2009年8月

当初は対▲藤井システムを念頭に開発され、現在は対ノーマル四間・三間・ゴキゲン中飛車と対振り飛車における有力な選択肢として認識されるようになった「飯島流引き角戦法」。

角道を開けずに△3二銀→△3一角→△5三角と独特の活用をはかるのが同戦法の大きな特徴です。またディフェンス面では、@角道を開けていないので、振り飛車の角の睨みの脅威が低い、A振り飛車に堅さ負けしない美濃囲いに簡単に組むことができる、というメリットがあります。

角道を開けずに角を引いて活用する戦法にはメジャーなものでは、「島ノート 振り飛車編」でも紹介されている「鳥刺し戦法(P445〜455を参照)」が有名ですが、鳥刺しは左銀を繰り出して戦うため、攻撃力という面では「飯島流〜」に優るものの、一方で玉の堅さに課題があり、持久戦模様に対応できないという課題がありました。
そのほか、マイナーではありますが「B級戦法の達人」のページで掲載している「平美濃返し」をご存知の方もいるのではないでしょうか?

飯島流引き角戦法が注目されるきっかけとなったのは、第24回朝日オープン将棋選手権(2006年)五番勝負の第2局で羽生さんが藤井九段の藤井システムに対抗する形で、この戦法を採用したことです。勝負は負けてしまいましたが、この将棋以降、プロ棋界でも多くの居飛車党の棋士が同戦法を採用するようになりました。
プロ棋士では飯島・木村・三浦・浦野(敬称略)、アマチュアでは早咲アマ竜王がこの戦法を得意形としています。

枕が長くなってしまいましたが(汗)、本書はそんな「飯島流引き角戦法」を解説した数少ない棋書です。著者はもちろん同戦法の生みの親である飯島六段です。
飯島六段は本人による堂々とした自薦活動(?)も実ってか、主に定跡の進歩に貢献した者に授与される「升田幸三賞(2009年度)」を同戦法で受賞されました。
テレビ棋戦では、ハンカチではなくタオルを口に当てて、「うんうん」と前傾姿勢で考えている姿が印象的ですよね。

全222ページの7章構成で、見開きに最大で4枚の盤面図が配置されています。目次は以下の通りです。

序章 引き角戦法の基礎知識
第1章 対▲四間飛車編
第2章 対▲ゴキゲン中飛車
第3章 佐藤二冠の引き角戦法
第4章 対▲三間飛車
第5章 ▲引き角戦法
第6章 自戦記編(対近藤七段・藤井九段の計2局)
第7章 引き角戦法のデータ

2枚飛車にはガッチリと受けて指せる

第1章 対▲四間飛車編より(便宜上盤面図は反転):図は▲3六歩まで
四間飛車が無難に駒組みを進めると図のような形になることが多いでしょう。以下、△4四銀には▲2四歩と仕掛けて、△同歩▲同角△2二飛▲3三角成△2八飛成▲4四馬で居飛車が銀得となります。2枚飛車による攻撃にもガッチリと▲5九銀打として居飛車よしです。

銀を繰り出すのは軽くかわされてしまいます

第2章 対▲ゴキゲン中飛車より:図は▲4八銀まで
対ゴキゲン中飛車では▲4六角と構えるのが一つの狙いとなりますが、飛車ではなく△5五同角という形で歩交換されると居飛車は角をでることができません。

ここでは以下△8二玉に▲4六歩△7二銀▲4七銀△3三角▲5七角と駒組みするのが好形です。▲4六歩に代えて勢いよく▲5七銀△3三角▲4六銀と銀を繰り出すのは、△3二金▲4五銀△4二角と軽くかわされてやぶ蛇です。

序章では同戦法のメリットと狙い筋を、本書より3年前に刊行された「飯島流引き角戦法」のおさらいを兼ねて簡潔に紹介しています。本編は紙面の関係でカットされた対三間飛車、また▲引き角戦法の章では相手が居飛車をチョイスした際の相居飛車での戦い方にも触れていますので、この一冊でどの形にも対応できます。

この戦法は後手番での採用が基本となっていますが、本書では居飛車視点で読めるように、後手番でも居飛車が下にくる(盤面図を反転)ようになっています。

振り飛車側の対抗策は現在進行形で試行錯誤が行われている最中なので、本書で紹介されている振り飛車の指し手はかなりオーソドックス、つまりある程度の棋力のある方なら「だいたいこう指すかな?」というものが多いです。

ただし、オーソドックス=無策という訳ではなく、引き角対策として最近登場した「▲7五歩を早めに突いて、▲7六銀から居飛車の角のラインを止める」戦い方なども掲載しており、振り飛車党の方が読んでも十分参考になります。

分岐点となる局面では、有力手を指し手@、指し手Aとどれも2つに絞っており、同戦法をこれから指そうと思っている方にはわかりやすい入門書といえるでしょう。
構成は他の棋書と同じなのに、本書はかなり読みやすい部類に入ると思ったのですが、理由はどうやらこの戦型にあるようです。

すなわち、この戦法は居飛車が角道を開けずに駒組みを進めるため、双方ペチャンコの美濃囲いのまま戦いが始まります。そのため、玉頭周辺の歩の突き捨て、桂跳ね、角のラインを生かした攻めなどは登場せず、居飛車視点で盤面の右半分だけの戦いになりやすいという点が、わかりやすさに繋がっているのではないでしょうか。

ただし、わかりやすさの裏返しとして、終盤は玉頭周辺の「縦の戦い」ではなく、敵陣に下ろした飛車(龍)を中心とした「横の戦い」になるため紛れが少なく、逆転が起こりにくいともいえます。この戦法を指すなら、序・中盤で離される展開にならないように、本書でしっかりと勉強しておきたいところです。

なお、引き角戦法の棋譜を目にする機会が少ないと思います。居飛車・振り飛車党を問わず実戦での戦い方を勉強したい方は、Biglobeの無料将棋動画サイト「将棋ニュースプラス」の過去動画(画面下の全○×を表示をクリック)に収録されている「将棋列伝〜飯島栄治〜」がためになります。